春である。人事異動の季節である。私が、歓送会、歓迎会、懇親会で飲みたくもない職場のメンバーとお酒を飲み、浮世の義理を果たしている頃、私の周りの友たちは、お目当てのミュージシャンのコンサートの為、日程調整に余念が無い。リカコは坂本某を中心としてV6のコンサートと舞台。逸子はサザンオールスターズの大ファンで、春の選抜高校野球の開会式にも行こうかという勢いだった。絵美ちゃんも、4月末の角松敏生in沖縄の為に安い航空券とホテル探しに奔走している。皆、桜前線のように今年もそれぞれお目当てのアーティストを追って、日本を縦断するのだろうな。本当に、本当にご苦労様です。けれどもある意味、羨ましいことではあります。
私には残念ながら、心ときめかすミュージシャンも俳優も居ない。以前、リカコに連れられて坂本某の舞台を見に行ったのだが、彼女の目の前で居眠りをこきまして、それっきり舞台へのお誘いはかからなくなってしまった。リカコさま、あの節は大変失礼いたしました。あれ以降も絶交せずにいてくれる貴女様に感謝です。
とは言うものの、これでけっこう舞台を観た経験は豊富なのだ。しかもなぜか、チケットが自然に手に入るという幸運に恵まれて。
もったいなかったなぁと思うのは少年隊のミュージカルだ。青山劇場のチケットだった。青山劇場も初めてなら「少年隊」という名前に出会ったのも初めてだった。なんか陳腐な名前だなぁなどと思いながら、劇場に足を踏み入れて驚いた。劇場全体がハンパじゃない熱気に包まれている。今では見慣れた、大きな顔写真つき団扇の大群も初めて見た。若い女性の集団の声が、青でも赤でもなく黄色いことも実感した。でも、舞台に居る3人の個々の名前も顔も全く分からない私だったのだ。今ならプラチナペーパーで、ファンにとっては垂涎のチケットなのだと分かるけど、知らないとは悲しいことよね。覚えているのはミュージカルの内容よりもファンの声援に圧倒されていた自分自身のことばかりなのだから。
青山劇場と言えば他にも思い出すことがある。現在は人間国宝であらせられる中村鴈治郎さんが中村扇雀だった頃、近松座と銘打って『心中天網島』を上演したのを観たのもここだった。私は仕事を必死で終え、開幕直前の座席にすべり込んだ。その時の私は、一日中時間に追われ鬼の様に仕事をしていたので、この上ないほどの空腹だった。なので座るが早いか、会社の自販機で買い求めたおにぎりをむさぼり食った、あっと失礼、口に運んだ。その途端に「館内での、ご飲食はご遠慮下さい」のアナウンスが、私めがけて飛んできた。ウグッ。危うくお握りを喉に詰まらせるところだったよ。思わず手にした缶コーヒーを流し込み、どうにか救急車騒動になることは免れた。結局、禁止されている「館内での飲食」を、すっかり済ませてしまったのは、この私です。
飲食と言えば、歌舞伎座かな。こちらのチケットは、なんとかの河竹黙阿弥の子孫でらっしゃる、早稲田大学名誉教授河竹登志男氏からいただいた。そんなチケットでついた席は花道の脇だった。ス・ス・スゴッと嬉しくなりつつしたことは、お弁当を花道に置いて食べることだった。ひと口ふた口と美味しくいただいていたと思って下さい。もちろんそこは常識人ですから、幕間のことですよ。ところが、係りの女性がつつつと音も無く現れ、慇懃におっしゃいました「お客様、花道に物を置かれては困ります」。
大人しく“物”は膝に置いて事なきを得たが、自分自身が「お客様、ここにおられては困ります」と、どかされたことがある。かなり以前のゴールデン・ウィーク、帝国劇場へ『ミス・サイゴン』を観に行った時だ。その日は森光子、佐藤直子、藤田朋子、生前の杉本春子といったお歴々が観劇に訪れており、客席にも視線がガンガン注がれていた。ところが、客席には後からもっと大変な御仁が現れたのだった。それは、この度目出度く黒田氏と納采の儀を済まされた紀宮だった。
どうやら手違いで、私の元に紀宮の席のチケットが回ってきてしまっていたらしい。この時は一人ではなく数人の、しかも女性ではなく背広姿もビシッと決まった紳士達が麗々しく私の席を囲み「大変、恐縮ですがこちらの席にお移り下さいますよう、お願いします」と別の指定席のチケットを差し出した。思い返すとその時、紀宮の名前も、間違えたという言葉も一切聞かなかったなぁ。けれども不快感は全く無く、丁寧に扱われたという思いだけが残っているから不思議だ。そして私が席を移った後で、大きな拍手と全員起立の厳かな空気の中、紀宮が御付を従えて姿を現したのだった。ねぇねぇ、凄いじゃない、宮様とダブル・ブッキングした女性よ。
ダブル・ブッキングは、それより前にもあった。「そうだ京都へ行こう」と、JRのゆったりした音楽に誘われて友達と二人、東京駅で東海道新幹線の座席についた時だった。ハネムーンに出発しようとしている新婚さんとダブル・ブッキングしてしまったのだ。おろおろ顔の新婚さん。ホームには見送りの仲間がワンサカ。その人たちの視線の冷たかったこと。中にはビデオを回している人もいた。しっかり映ってしまっているんだろうなぁあの中に。でも、私達のせいではありませんからね。お二人の結婚生活はスムーズに推移しているのか今でも、ちらと気にかかる。
こうして振り返ると、行く先々でけっこうドラマが展開されている。やっぱり私ったら生まれながらの女優ってことかしらん。
放送倫理・番組向上機構から改善勧告(ワッ、この欄に似合わず硬っ)が出るくらい、ここのところのテレビ番組は「血液型特集」が花盛りだ。「血液型性格診断」「血液型相性判断」と称し、血液型でグループ分けした保育園児やらOLなんぞの行動を見せて、ほらねA型は几帳面、O型は大雑把、B型はいい加減、AB型は個性的という風に、タレント達を交えワイワイがやがややる番組だ。
私も最初のうちこそ興味を持ってチャンネルを合わせていたが、こうしょっちゅうでは飽きが来る。しかもスペシャルと銘打って2時間もアダ・コダやられてはねぇ、勧告など受けなくても、そろそろ自粛の時期でしょう。
かく言うワタクシは、おおらか、リーダーに向いている、そして自分が大好きな0型なのさ。なぜか私の周りにはA型さんが多い。昔、A型の友達が「A型って0型に逆らえないのよねぇ。だから私も姫宮に逆らえないんだわ」って言っていたことがある。これは良いことを聞いた。それ以来、出会った人がA型だと知ると同性だろうが異性だろうが年下だろうが上だろうが「A型は0型に逆らえないんですからね。因みに私は0型です。今後決して逆らわないように」と念を押すことにしている。何事も最初が肝心。この洗脳と、持って生まれたA型性格のせいか、周り中のA型さんに私は、とても優しくしてもらっている。そうそう、旅行では何から何までめんどうを見てくれるツアコン絵美ちゃんも、わざわざパソコンのメンテナンスをしに来てくれるリカコも、何かにつけ叱咤激励してくれるウエダもAだ。
私の知っている範囲では、A型の人たちはとても血液型での相性を気にする。だから私が0型だとわかると「やっぱり姫宮さん0なんだぁ、良かった」って、何が良かったのかは分からないが、0型がA型さんから敵対視されていないのだけは確かなようだ。気を許してもらっているということだろう。逆の見方をされる血液型、それは…もちろん私は知っているけど、血を見たくないので言わないことにする。そして、A型さんとの会話では必ずと言っていいくらいに「気遣いのA」という言葉がでてくる。「どうしても、気を遣っちゃうのよねぇ、ほら気遣いのAだから」って。確かに細やかな気遣いはしてくれるけれど、やはりそれは血液型ではなく人柄でしょう……なんて、間違ってもA型さんの前で言ってはいけない。それを言わないのが優しい0の気遣いです。それに、気を遣ってる気を遣ってるって言われ言われしたら、コッチの方が気をつかっちゃいますよ。
血液型や相性を気にするなんてことは女性の専売特許だと思っていたが、あにはからんや、女性の私よりもはるかに血液型を気にする男性が会社のトイメンの席に座っている。もちろんその男性P氏の血液型はA型。繊細、几帳面、心配性を絵に描いたような、それこそAの申し子のような人だ。仕事上での細々とした表やグラフだけでなく、懸賞のハガキに貼るシールがわずかに曲がっていても気になるようだ。私なんて貼ってあればいいじゃないってなものですが。白紙はあくまでも白くなくてはいけない。こちとら、白っぽければオッケーですがね。
そんな私でも、0型というだけでA型のP氏は同じ職場への異動を大歓迎してくれた。なぜなら私が異動になるまでのP氏は、A型の天敵といわれる血液型の集団に囲まれていたのだ。「きつかったですよぉ」と四面楚歌状態(?)だった頃を振り返るP氏。「話が通じないし、いい加減だし本当に辛かったですよ」って。「0型の人はいいですよね。ちゃんと分かってくれますもの」。そうかなぁ、0もけっこういい加減だし反省しないんだけど。
P氏はA型性善説者。A型と聞けばとにかく全て“いい人”なのだ。派手なパフォーマンスで気に入らないと言っていた野球選手も、血液がA型と知ったとたんに「ファンを喜ばせるために無理してるんだねぇ。いい人だ」となる。我侭で、他の共演者が気に入らないと役を降りたと言われる俳優に対しても「真面目なんですよぉ、妥協ができないですね」と擁護する。これが、逆の血液型だったら一体何と言って非難するのだろう。もし、恋焦がれた異性や尊敬する先輩が×型だったら、自分が血液交換でもしないことには収拾がつかなくなってしまうのではないだろうか。
このP氏、血液型に加えて、星座も乙女座そして干支は巳。これを聞いたツアコン絵美ちゃんが言った。「女の子じゃん」。そうかP氏は女の子だったのだ。この、目から鱗のような言葉を聞いた翌日にP氏と映画の話で盛り上がった「『プリティ・ウーマン』いいですねぇ、10回以上見ましたよ。自分が主人公の気持ちになっちゃってね」。当然リチャード・ギアになったつもりでご覧になったのだろうと思ったら「ジュリアロバーツの気持ちでいました」。やっぱり女の子だ。
そんなP氏と同じ血液型、干支、星座の男性芸能人を見つけた。今をときめく歌手の氷川きよしだ。P氏にそのことを報告すると、当然のように言ったものだ。「前から、誠実そうだと思っていたんですよ」。A型の性格に“幸せ者”というのを付け加えてはいかがだろうか。
♪あたまを雲の上に出し〜
冬の朝、寝室のカーテンを開け、結露のついた窓ガラスを指で拭った先に真っ白な富士山が見えると(今日はいいことがありそう)なんて思ってしまう。やっぱり日本人は富士山よねぇ。
マンションを物色していた時、今の住まいを担当していた営業マンが「西の方角に、天気が良いと富士山が見えますよ」なんて言って来た。どうせ遥かかなたのその又向こうに、じっと目をこらすと富士山と言われれば、そう見えなくもない程度に見える物体のことを売らんが為に言っているのだと思っていた。ところが、これが嬉しい大誤算だった。見えるのだ。確かに西の方角に富士山以外の何物でもないお山がかなりの大きさで。
あら嬉し。これは是非ともカメラに納めねばと帰り道のキムラヤへ。そこで目についたオレンジ色のフレームの、まぁるい体型をした可愛いインスタントカメラ、チェキを購入した。早速、富士山に向ってバンバン、シャッターを切る。でも残念ながらこのカメラはパーティーなどで人物を撮り、その場でわいわい言いながら見るには向いているが、離れた景色を撮るにはちょっと不向きのようだった。フィルムのサイズも名刺を一回り小さくしたくらいだしね。
富士山を写したいという思いはやまず、今度はデジカメに挑戦。アナログ人間だもので遅くてすみません。店員さんに「富士山を撮りたい」の思いを伝えると、望遠機能のしっかりした物をチョイスしてくれた。これがなかなか良い。我が目で見たお山が、画面ではとてつもなく小さくて悲しくなるが、望遠のボタンを押すとグィグィッと成長して迫ってくる。それからは朝の富士山、夕暮れの富士山、雪をいただいた富士山、歌の文句のように、あたまを雲の上に出した富士山と折りあるごとに撮りまくっている。
なんでこんなに富士山が恋しいのかと考えてみた。そこには、日本人という根本的な条件以外に思い当たる事柄がありました。それは、ウフフ“初恋”の思い出よ。私のそれはけっこう遅くて(基準値はどこ?)中学3年生のころ、よくある話よ。相手は風のようにやって来て風のように去って行った転校生。都内から引っ越して来たその人は埼玉の片田舎の中学生とは違い、洗練されてまるで少女漫画に出てくる王子様のようだった。言葉も普段聞き慣れた「俺」「おまえ」いや「オメェ」とは違う。体育の時間に卓球でダブルスを組んだ時「僕が打つときにキミは下がっていてね」なんて言われた日にゃぁ、もぉカルチャーショック。心臓がバクバクし、頭の中がグワァ〜ン、頬がポッ。熱が、熱がぁ。
初恋は成就しないと言われるが、卒業の頃には周りから冷やかされる程度には仲良くなれた。あの頃はまだ学生服の第二ボタンをもらうなんて行為は流行ってなかったなぁ。
卒業すると、当時埼玉の公立高校は殆ど男女別学だったので王子様は男子校へ、私は女子校へ進み気軽に話すこともできなくなった。まだ携帯電話も無い時代の話よ。そして、間も無く王子様は王様の仕事の都合で甲斐の国へと引っ越して行ってしまった。これですねぇ、山梨県と言えば名物は“ほうとう”とブドウと、なんと言っても富士山でしょう。
遠くに去って行く王子様を見送ったのは高校1年生の夏休み。雨模様の、夏とは言っても寒いくらいの日だった。「元気で」と、どこまでも爽やかな王子様の差し出す手をおずおずと握った惠子ちゃんの瞳はうるうる。その後で、惠子ちゃんは高校のプールに入り、流れる涙を誤魔化したものです。ああ、なんて美しい青春の1ページ。それからというもの、遠くの富士山を眺めては王子様が暮らす甲斐の地へ思いを馳せていたものだ。時々は手紙の往復があったけど、いつしかそれも途絶えてしまった。王子様は、その後も王様のお仕事の都合で日本全国、女性の胸をキュンキュンさせながら動き回っているような気がする。でも、だからこそ王子様が王子様のままで私の中にいる。もし今出会ったら、どびん茶びん禿げちゃびんって、見る影も無くなっているかもしれない。いや、元のままであろうはずもないのが世の道理というものだろう。かの天地真理のカムバックを嘆き悲しむ、かつてのファンと同じ思いはしたくないやね。
今朝も富士山がよく見えた。特にピンと張り詰めた、空気の冷たい冬の朝、真っ青な空に白いお山はうっとりするくらいに神々しい。そんな富士山を飽かずに撮りつづける私なのだが、我がマンションから写す富士山には、どうしても目の前にある化粧品メーカーの建物が入ってしまう。そこで、思うのだ。その化粧品メーカーの広報に良い構図の写真を届けたら社報にでも使ってもらえるかも知れない。薄謝などと、何がしかの金子が貰えるかも知れない。いや、金子でなくても、某メーカーのポーラの化粧品(ン?)なら「弊社の製品です」なんて、詰め合わせをいただいても嬉しいぞと。こんな風に世間の塵に染まってしまった今の私、あの無垢な高校生の惠子ちゃんには見せられませんよねぇ。
今年も確定申告の時期が来た。そんなに給料もらってるのかって、ンなわけないでしょう。こんなに優秀なワタクシに弊社は働きに見合った給料を支払うつもりはないらしいのだ。では、何故に? 実は地方に持て余しているマンションがあるのです。数年前に、退社してのんびり過ごそうと無理して買った地方のマンション。なのに、ほらワタクシって優秀だもんだから、当時の人事部長に無理やり引きとめられちゃったのよねぇ。通勤するにはちょっときつい場所だったもので、どないしようかいなぁと思い悩み、キャンセルも考えたのだが「今、手放すのはかなり損ですよ。家賃収入でローンを払って行けばいいのです」なんていう業者の言葉に乗せられて、苦しいローン地獄に陥ってしまっているのさ。やっぱ、思ったとおりにキャンセルするべきだったよ。
お蔭さまで、今のところは借り手がついて月々決まった家賃は入ってくるものの、確定申告なんていうシチメンドクサイものもくっついていた。高い高い利子のついたローンを払い、よく分からない固定資産税も払った上になんだって自ら申告して、何がしかのお金を払わねばならんのか。まったくもって責任者出て来い!!
私、本当はとぼけちゃおうと思ったのです。申告しなきゃ取り様が無いだろうと。ところが消費生活アドバイザーであり、以前から家賃収入を得ている先輩的存在のウエダが言ったものです。「申告すれば貴女の場合は還付になるわよ。申告しないでバレたら後が大変よ」。収入がある以上は還付にはならないだろうと思いもしたが、何度聞いても「大丈夫、返ってくるわよ!」の信念のお言葉に私は従ったのだった。でもね、やっぱり取られましたよ4万2千円也。返ってくるのと支払うのでは行って来るほどの違いだ。「お金取られたよ、4万も」とウエダに電話すると「あらぁ、ゴメンネ。返ってきたらご馳走してもらおうと思ったのに」。どちらにしてもウエダのハラは痛まない算段か。
それにつけても品川税務署の、私がぶち当たった署員は感じが悪かった。覇気のない暗い顔をして、こちらは初めてのことゆえ訳分からずにいるのに、ろくに説明もせず書き込む数字を並べるだけ。それに、案内係がまず引き連れて行ったのは“青色申告会”なんていう、これまた私なんぞには全く理解できないトコ。申告用紙への書き方を教えてもらおうとしているのに「この会に入ると10万円の経費が認められます」「入会金は1万円です」とかなんとか。「10万円の経費が認められて税金はいくら安くなるのですか」「ほぼ1万円ですね」。意味無いじゃん。(この数字は昨年のものです。悪しからず)
今年は気分が悪くなるだけの品川税務署には行かずに、女優の仲間由起恵が笑顔でこなしているパソコンでの申告に挑戦することにした。こういう時に頼りになるのはリカコ様だ。今にも雪の降りそうな寒い土曜日、せっかくの休日をつぶしてやって来てくれた。昨年の提出書類の控えを見ながら今年の数字を当てはめる。よし、できた。さて入力。
なななんと、土曜日は受け付けないという。パソコンでしょ? ネットの向こうで税務署員が待機してなくてもいいんでしょうに。受付は月曜から金曜日、そして日曜もOKなのだ。なのに、なんだって土曜日は駄目なのでしょう。「日曜は税務署員が休日手当てをもらえるから出るんじゃないですか」と、リカコ。うん、鋭いかも知れない。結局、震えながらやってきてくれたリカコにひたすらゴメンナサイですよ。
知り合いの証券マンにその話をすると「パソコンでの申告ですかぁ。勉強させて下さい」と翌週の金曜日、確定申告に関する分厚い本を持ってやって来た。書き込んだ書類をみせて数字の確認をしてもらう。「勉強させて下さい」と言うだけあって、とっても几帳面に数字を点検し、少しでも納得できない点があると持参の本と首っ引き。それでも合点がいかないと、税理士をしているという先輩に電話して確認してくれる。もう完璧。さぁ、今日は平日です。これでいよいよ入力よ。
ところが、パソコンの画面に数字を全部入れ終わり「行け!!」とニックキ税務署へと、送信キーを押しても反応が無い。おかしい、おかしいと他のページを検索して分かりました。パソコンでの申告には、前もってその旨の届出用紙が必要だったのです。しかも届出は2月7日までに。まったくもって意味無いじゃん。自宅のパソコンで簡単に送信できるという宣伝はさんざんやっているけれど、事前に要る書類のことなんて一切耳にしてないぞ。
せっかくの試みではあったけど、今回は断念。出来上がった書類は郵送することにする。どっちみち郵便局で血税も納めなきゃならないことですし。翌日は又もや土曜日。でも、午前中なら受け付けるだろうと9時過ぎに大手町は国際郵便局まで行く。「今日は、確定申告の入金できますか?」「できません」。なんかぶっきらぼうな局員じゃ。「いつならできるんですか」「月曜から金曜日までです」と言って、窓口から消えようとするのに「時間は?」と慌てて声を投げかけると「9時から4時までです」だって。ほら、これだって5時までと思っていたら又、二度手間になるとこだったじゃないか。
今年の国税庁の、広報のお役をなさっている仲間由起恵さん、にこやかな笑顔を振りまくのもジョウトウだけど、『ごくせん』のヤンクミのように、ここはお役所にもビシッと言ってもらいたいものだ。「てめぇら、国民の汗と涙の結晶の税金から、お給金をもらってるんだろ。も少し、分かりやすく優しくしても罰は当たらねぇんじゃねぇのか!!」って。