蒲田さんは言葉の達人だ。お話を“拝聴”していると、我々凡人が予測だにしない言葉を、次々と生み出しては驚かせてくれる。
先日、洗濯の話をしていた時には「アイロンをかけなくてもシャキッとしているシャツは助かるね」と私が言うと「そうそう、形状記憶喪失」ってすましておっしゃる。おいおい記憶を無くしちゃグチャグチャになっちゃうよ。
私がつい最近知ったばかりの某運動に関連する本を、いちはやく購入しているという話を聞き「いつの間に見つけたの?」と聞くと「先週、昼休みに本屋さんをボインボインしていたら目に入ったの」だって。「それを言うなら、ブラブラだろうが!?」って、桜塚ヤックンの口調になっちゃうよ。それにつけても、なぜにボインボインになるのか、それって蒲田さんの願望ですか?
昨年11月から私は足の痛みが引かず、新たな診療所を尋ねたものかどうか迷っていると話した時には「1箇所だけではなく、他のトコも試してみた方がいいですよ。セカンド・オニオンって言うでしょう」。言わない言わない。それを言うなら「セカンド・オピニオン」。せっかく良いアドバイスをしてくれてもオニオンではねぇ。マ、考えようによっては、重い気持ちを笑いに変えてくれる有り難い存在ではある。
だからなのかな先週、医食同源を謳ったレストランに併設された健康相談のコーナーで、ストレス度チェックを並んで受けた時、どう考えてもストレス度が高いはずの私の方が、蒲田さんより遥かに低かったのは。蒲田さんとは一緒に居るだけで、私の心は癒されていくのだろう。
そうそう、今年の夏はお姉さんとパリに行くという話だった。人間ドッグに行ったら「胃を全摘」なんて驚かされたらしいのだが、結果は軽い胃炎で済んだ。なので「生きている喜びを、パリでしみじみと噛み締めて来ます」なんて、ご大層なことを言っていたのだ。ところが、夏休みが明けて出社して来た蒲田さんに「パリはどうだった?」と聞くと「それがね…」パリではなくバリに行って来たと言う。
私の聞き違い? 蒲田さんの言い間違い? いえいえ、確かに蒲田さんもパリに行く気満々だったのだ。ところが、ちょっとした予約の手違いで、申し込んだツモリだったパリのツアーからあぶれてしまったらしい。そこで、「パリもバリも変わらないと思って」って、全然違うと思うのだが。それでも、急遽行き先変更になったバリでは、青い海を眺めながらお茶を飲んだり、マッサージを受けたりと、リゾート地でのまったりとした時間を満喫したらしい。ご本人がいたってご機嫌なのだから、結果オーライということだろう。
どうも、予約は蒲田さんの苦手な事柄らしい。つい先日「明日、目黒の整体に予約してあるんだけど、一緒に行かない?」と誘われた。生憎私は先約があってお断りしたのだが、「明日になったら忘れてしまいそうだわぁ」なんて言っていたので、その明日の退社時間直前に「今日は目黒ですよ。お忘れなく」と、親切な私は社内メールでお知らせしてさしあげた。すると折り返し、メールが来た。「先日、予約したつもりでいたのですが、空いている時間だけ聞いて、予約を入れるのを忘れていました。今、電話して予約が入っていないことを確認しました」だって。先約があって良かったぁ。
私は、7年ほど前に蒲田さんと2人で、30人からなるオヤジばかりの集団の部署に1年間居たことがある。そこでは受付業務から電話の取次ぎ、そしてあらゆる雑用に至るまで、オヤジ達のメンドウを2人でみなくてはならない。電話はひっきりなしにかかってくる上に、外国の方からのものもけっこうあった。その都度、私たちは例文の載ったトラの巻きを見ながら、シドロモドロの受け答えをするのだった。
ある日、離席していた部長が戻ってくると、蒲田さんは勇んでご報告。「部長、さきほどレイターさんから、お電話がありました」。「レイターさん? 知らないなぁ、そういう名前の人」。蒲田さんと部長の会話を聞いて、決して英語が堪能なわけではないのだが、ピンとくるものがあった。「それはレイターさんではなく、“後で”のlaterではないですか?」。
時には、外出先から遅くに戻ると連絡のあった人のために、保安の方へドアを閉めないで欲しい旨、ドアに貼り紙をしておくことがある。某日、社内の書道部部長であらせられる蒲田さんの手による麗々しく書かれた紙が、一晩中我が部署のドアに貼られていた。「房る人が居ます。ドアを閉めないで下さい」。遅くに外出先からもどった御仁は、翌日その紙を蒲田さんに見せ「フサルってなんでしょう?」と、首をかしげていたものだ。
この“天然”どころか“天才的”なボケはどこから来るのか。昨日や今日のワザではないと思った私は、しっかり蒲田さんを観察し、その話に注意深く耳を傾けた。そしたら、たどり着きました、ご幼少の砌に。
「父は自分が行きたいものだから、しょっちゅう幼い私を連れて、浅草に行ってたのね。そして浅草松竹演芸場で『デン助劇団』を見ていたのよ」。どうやら大宮敏光演ずる、どんぐり眼に、鼻を黒く塗り、首を赤ベコのように振ったハゲ頭の“デン助さん”が蒲田さんの味のあるボケの原点だったらしい。
最初のうちは、客席に座ると幕が開くまで劇場全体が真っ暗になり、その暗闇怖さに「お父ちゃん帰ろうよ」と、泣いてお父さんを困らせたらしい。でも、お父さんから諭され、劇場にも慣れて来ると、今度は楽しくて楽しくて、自分からせがんで『デン助劇団』を見に連れて行ってもらったそうだ。私も、生のデン助さんを見ることはなかったが、テレビでの舞台中継は欠かさず見ていた。頼りないデン助さんは、しっかり者のスミちゃんという娘に頭があがらない。パグのような瞳でコソッとスミちゃんの様子を伺うデン助さん、その笑いはドツイたり、叫んだり、捲くし立てたりの現代の笑いとは文字通り、隔世の感がある。首こそ振らないが、あのヤンワリとした蒲田さんの“芸風”は、そこに通じているようだ。
『デン助劇場』は遠い昔に終ってしまい、デン助を演じた大宮敏光さんも他界されてしまったが、健康オタクの蒲田さんを主役に配した癒し系お笑い『蒲田劇場』は益々パワーアップして、まだまだ続く。