この春に、会社が是非ともと言うので昇進してやった。
昇進などしなくても、もとより私は“デキル”人間であり、どの職場でもソコの長より遥かに偉いのだ。だから、そんなワタクシに今更、昇進でもないのだが、これも浮世の義理、仕方なく受けてやった。
3月1日付けの人事だから、その日に開かれる「申告会」なるものに出席せよと言われ、貴重な時間を割いて出てみたら、社長の長々とした演説を聞かされた。“施政方針”演説といったところだ。はいはい、頑張って下さいね。
4月になったら、今更学ぶことなどサラサラあろうはずがないこのワタクシに、昇進したのだから研修を受けろというお達しがあった。『人事考課について』の研修だという。部下をどのように評価するかという勉強なのだそうだ。そんなの決まっている。このワタクシを称え、敬い、ご機嫌にさせてくれさえすれば、仕事などできなくたって評価は最上級よ。今までのオヤジ連中がやっている通りの評価基準よ。文句ある?
さて実際の研修は、自動車販売会社に努めるA君の仕事ぶりを例に、短編ドラマのビデオまで導入するという手のこんだものだった。A君は3ケ月の売上目標を大幅にクリアしている。しかし、取引先との商談に遅れたことがある。A君は新人のめんどうをよくみて、指導もしっかりしている。しかし、嫌がる後輩を飲み会に無理やり誘うことが度々ある。A君は急に頼まれた残業や出張でも嫌がらずにこなす。しかし、提出書類は再三請求されないと出さないetc。このような内容のビデオを観て、仕事への取り組み方はとか、社外の人へ与えるイメージはとか、後輩への配慮は、と話し合いそれぞれの項目でAからCまでの評価を、分けられたグループ毎に下す。
ビデオの中のA君は、今まで私の居た職場ではまずお目にかかれない好青年が演じていた。こんな好青年が職場に居たら、もうそれだけで全てAどころか、スペシャルAをつけてしまってもいいくらいだ。私の人事考課はどこまでもエコヒイキよ。文句ある?
しかし、ここはそういうわけにもいかないから、畏まった顔をしてもっともらしく席についたのだが、類は呼び合うらしい。「A君ならお客受けも良さそうだし、いいんじゃない?! あんな好青年だったらそれだけでOKよね」と、同じグループになった江戸っ子風のお姐さんが話し合いの口火を切ってくれた。出だしがこんなだから「これはAですかねぇ」と誰かが言えば、皆それに賛同。異議を唱える人は無い。結局、40分与えられた話し合いの時間を、5分も使わずに例題は終わってしまった。中には喧々諤々、意見百出で40分ではとてもまとまらないグループもあったが、そんなグループを横目に世間話に花を咲かせるお気楽グループなのだった。文句無いでしょ。
この研修が終わってホッとしていたら、なんと半年もたった10月になって、又もや召集がかかった。今度は部下のコーチングとメンタルヘルスの留意点の研修を2日間に渡り行うのだとか。初日は午後の1時集合。講習は6時までなのだが、その後にナイト・セッションと銘打って、午後の7時から8時半まで「忌憚ない話し合い」がある。何が悲しくて夜の7時から、局長なんて看板を背負った人が取り仕切るテーブルを囲み、しゃっちょこばったお喋りをせねばならんのか。ああ帰りたいよぉ。せっかくテーブルの上に、並べられた鶏のから揚げも、ハムやチーズの盛り合わせも、枝豆も手付かずのままだ。サンドイッチなんてパンが乾いて反り返っている。お寿司の鮪なんて色が変わっているよ。ビールやワイン、ウィスキーまで用意されているというのに、最初の乾杯以降、誰も率先して飲もうとしない。こんな状態を「忌憚ない」と言うのだろうか。どうせならディナー・ショーでもしてくれたなら、盛り上がることもできただろうに。食べ物も、栓を抜かれた飲み物もみんなあのままゴミと化すのか。ああ、モッタイナイ・もったいない。
翌日は、朝からIT関連企業で名をなした某女性社長のご講演。美人で言語も明瞭、おおこれは眠らずに済みそうだとは思ったものの何のことは無い、体の良い某社のコマーシャルではないか。講演が終わって「何か質問は?」と聞かれても、質問に対する答えがこれまた社の自慢では聞く気もおきません。
さて、正午になり昼休みはやっとこ1時間解放されると思いきや、恭しくお弁当とお茶が会議室に運び込まれて来た。コンビニ弁当より遥かに高級そうな松花堂弁当ではあるが、会議室で前の人の背中を見ながら食べても、美味しくなんてありゃしない。皆、背広を着たままだし、食事をしながら肩がこる。
フー終わった終わった、研修終わりぃ!! と、快哉を叫んだつもりだったのに、なんとま、今度は「セクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメント」の講義だってさ。若い大阪の弁護士さんが関西弁のイントネーションそのままに「私のような若造が言うのはナンヤケド、こういうことは絶対にやってモロては困るんデスゥ」と、パソコンから映し出される画面を指しながら、マイク片手に熱っぽく語る。「けっこう御社には、アホなことしはる人が多いんですワァ。びっくりシマッセ」。そうか、そんなアホが居てるねんなぁ。アヤツかコヤツか、はたまたあの部長か。いくらでも浮かんでしまうから、確かに弊社にはとんでもないオヤジが多いと言えそうだ。それならこの際、そんなオヤジ共はモトから断って清廉潔白の、このワタクシが人事考課も、コーチングもメンタルヘルスもセクハラもパワハラも全部まとめて、面倒見てやろうじゃないの。ああ、こうしてこのワタクシ、益々偉くなって弊社を支えなくてはならなくなってしまう。エライコッテスワァ。
さて、これで本当に研修は終わったのだろうか、油断をしていると又召集がかかるかも知れない。どうせなら今年もあとわずかになったことだし「年末ジャンボ宝くじの当て方」とか「大人になってもお年玉をもらえる方法」と言った、実のある研修をしてくれたら有難いのだが。