東京都民になってから初めて、運転免許証の更新をした。

前回までは住民票が埼玉の実家にあったので、地元の警察で済ませていた。警察は高速道路を降りて直ぐの、市街地からは遥かに離れた場所にある。更新に行く日ばかりは豚弟にスリスリして車に乗せて行ってもらう。「免許もってるくせに…」と言いながらも、それ以上は責めずに毎度、豚弟は警察まで連れて行ってくれた。なぜなら「人身事故を起こす自信がある」と言い切る、この姉の恐ろしさを身をもって知っているからだ。ある年の夏、知り合いの山小屋に家族で行った時のこと。ここなら大丈夫と、車の殆ど通らない高原の道を運転し、なかなか調子がイイジャンと思った次の瞬間、バックで崖下に落ちそうになった。その場面で、助手席に座っていたのが豚弟だった。外で見ていた両親も真夏の暑さなど一瞬にして吹き飛んだ恐怖体験だっただろう。私は(もちょっとバックできたはずなのに)と、今でも密かに思っているのだが。

住民票を都内に移した時、免許証の住所変更は10分ほど歩いた大崎警察署に行って済ませた。麻原彰晃が最初に収監された場所だ。あの日は五反田の駅を降りると、まるで映画のワン・シーンのようにヘリコプターが低く飛び、パトロール・カーや護送車があちらこちらに止まり、報道陣でごった返し、それはそれはものものしい雰囲気だった。その大崎警察に私も足を踏み入れたわけだ。ちょっとした緊張感をもちながら訪れた理由を説明すると、提出した免許証の裏側の備考欄に「住所変更」という黒のゴム印と「東京公安」という朱のゴム印が押され、はいごくろうさん。拍子抜けするほど簡単に事は済んでしまった。でも、これからはこの徒歩圏内の警察に来れば、免許証の更新もできると安心した。豚弟にスリスリする必要も無くなって、姉の威厳も保てるというものだ。

ところが先日「運転免許証更新のお知らせ」というハガキが来てビックリ。都では最寄の警察ではなく、地区によって指定された警察か試験場まで行かなければならないらしい。大崎警察はどこを探しても載っていない。品川区民は警察なら田園調布まで出向かなければならない。そりゃぁワタクシに田園調布はあまりにもピッタリではあるけれど、何も警察に出頭したいとは思わないやねぇ。あとは府中か鮫洲か江東の運転試験場だ。府中は遠いし、鮫洲も駅から離れているようだ。仕方ない、ここは東陽町にある江東試験場に行くことにしよう。

私の方向音痴を熟知している絵美ちゃんからは「歩かないで江東試験場へ行く方法」というメールが届いた。「ウチの駅前から江東試験場行きのバスが出てます。それを利用しなさい」って。しかし、絵美ちゃん言うところの「ウチの駅」は錦糸町駅だ。そこまで行くのには電車で30分以上かかる。東陽町駅までなら23分で行けるというのに。それにしても、自動車運転免許の更新に電車ではるばる行くなんて、なんか納得できないなぁ。

絵美ちゃんが心配した通り半端じゃない方向音痴の私は、自宅と会社以外は殆ど出歩かない。(正確には出歩けない)。なので通勤経路に無い東陽町に向かうのさえ大冒険だ。何度もパソコンで路線図を確認。まず都営浅草線で日本橋に行く。日本橋から東西線に乗り換えて4駅目。ところが東西線は日本橋のホームで表示画面を見ると、次の電車は「快速・東洋勝田台行き」となっている。快速なんて想定外だ。通勤時間帯を過ぎ、のんびりと靴紐を直している青年に質問「あのぉ快速は東陽町に止まりますか?」。止まると聞いてまずはホッ。子供のように一駅一駅確認して4つ目、東陽町に到着。人の流れのままに改札階まで来たものの、どの方向の改札口を出たら良いのか分からない。1番近場の改札口に居る駅員さんに「江東試験場には、どっちに出ればイイですか?」

教えられた改札口を通り地上へは出たけれど、頼りにしていた「案内図」というものが無い。すぐ後から地上にひょっこり顔を出した地下鉄の制服を着た人に尋ねると「ここを真っ直ぐに行きますとトヨタのディーラーが見えます。その手前の信号を右折して直ぐです」と、親切に教えてくれる。ところが真っ直ぐ行きますと「ここ右折、近道」なんていう、道草している赤頭巾ちゃんを誘惑する狼のような看板が現れる。いえいえ、ここは制服さんの言うとおりに致しましょう。近道なんてトコに足を踏み入れて全うに行けたためしの無い方向音痴なのだから。真っ直ぐ行くとありました、ディーラーが。おっと危ない、トヨタではなくホンダです。通り越して行くとトヨタは外壁の改装中でネットで覆われていた。もう少しで見過ごして行ってしまうところだった。教えの通り右折するとありました、「警視庁江東運転免許試験場」が。平日だと言うのに、あっちにもコッチにも列ができている。こんなに免許を更新する人がいるのだから、交通事故が跡を絶たないわけだ。ハンドルを握らない私は、それだけでも交通安全に貢献していると言えるかも。

まずは受付にたどり着くまでの長い列に並ぶ。やっとこ順番が来て更新手数料2800円を払い、手続きの用紙をもらう。書き込んだら、またまた長い列に並ぶ。用紙を渡し、係りの人がチェック。続いて視力の検査だ。視力が左右で極端に違う私だが両目で見るのだからとタカをくくっていたら、なんと片目ずつの検査があった。幸いに良い方の目からだった。悪い方の目に回って来た時、全く見えなかったのだが、直前の記憶をたどって答えてパス。試験官、同じトコ指してアホやでぇ、と思ったものの逆だったらどうなっていたのか。視力検査が無事通過できたあとは写真撮影。そして最後に、これでもかこれでもかという、ガキンチョの飛び出しや、トラックに隠れた自転車との接触などという肝を潰す、交通事故フィルムを見せられてゴールドの優良ドライバーの免許証更新のための1日は終わった。

さてさて、更新された免許証を渡されたものの、肝心なのは先ほど撮影された写真の出来不出来だ。なにしろ前回の写真はそりゃぁもぉ、見せた人全員に「こりゃ酷い」と言われるくらいのもので、他に身分証明書になるものを持ち合わせていない私は、更新前の穴を開けられて使用できなくなっている免許証を持ち歩いていたものだ。さてさて、今回も酷かったら、この先5年間も10年前の免許証を持ち歩かなければならなくなってしまう。

結果は…あららマトモじゃん。普通のスナップ写真のような出来だ。あとで絵美ちゃんから「仲間内でのうわさで、江東が一番写真が可愛く撮れるというので、私もわざわざ江東試験場まで行ってます」という話を聞いた。

この際、ハンドルを握らない優良ドライバーには、浅草マルベル堂のプロマイド並の写真にしてくれるくらいの、サービスをしてくれても良いのではないだろうか。全くご迷惑をかけないままに5年に1度、交通安全協会に“手数料”をお支払いしているのだから。