困った、困った、いよいよもって本当に困った。
『大安吉日ノーテンキ』4月22日付けの文章がまだ書けない。
そもそも、思い返してもみても無謀なのだ。特技=無し。趣味=無し。旅行もしなければ、食通でもファッションに興味をもつでもない。映画も観なければ、コンサートにも行かない。こんな、取り柄といったら美しさと気高さくらいのワタクシが(何か?)毎週、毎週コンスタントにエッセーを書くなんてこと、所詮、無理な話に決まっている。
そんな無理な話を、梁塵社という吹けば飛びそな、文字通り塵のように小さな出版社(ご免なさい)の編集長におだてられて引き受けてしまったのが2004年の7月。それからは、人参を目の前に吊るされ、お尻を蹴られながら必死にネタをみつけては書き続けて来た。
“奇跡”って言葉があるのだから、奇跡は起こり、スラスラとエッセーが書けるようになる日が来ると信じてみることにした。
けれども、4月15日掲載分までは、やっとこすっとこ青息吐息で来たものの、息が絶える時がどうやら訪れてしまったようだ。もうもう、逆さに吊るされてもエッセーのネタもエの字も出やしない。もはやこれまで。刀は折れて、矢は尽きてしまいましたよ。
ああ、何かネタがあればなぁ。
その昔、特技は確かにありました「寝だめ」。ところが年を重ねるごとに、寝るにもエネルギーが要るということを知らされました。床に入っても、なかなか寝付かれないし、眠りは浅いし、早朝に目が覚めてしまう。それが平日だけでなく、せっかくの日曜日まで続くのだ。これでは「寝だめ」も何もあったものではない。
趣味は敢えて言うなら“テレビ観賞”だ。25歳という年齢と計算が合わないけれど、テレビが誕生したのと同じ年にこの世にお目見えした私は、テレビをこよなく愛している。テレビ・ドラマをビデオに録画して休日にゆっくり見るのも好きだ。
でもねぇ、リカコが撮ってくれた『のだめカンタービレ』のビデオをワンクール分、朝から晩まで、1日で全て見倒したなんて程度では、とてもとてもおこがましくて、声を大にして「テレビが趣味です」とも言えまい。
旅行に最後に行ったのは何年前だっただろう。絵美ちゃんに連れられて会社の寮がある熱海に出かけた。冬の花火を見ようというものだった。品川で落ち合って、東海道線各駅停車の旅。熱海と言ったら、私は新幹線か踊り子号しか頭になかったが、さすが旅慣れた絵美ちゃんは「それほど時間かからないし、もったいないですよ」。なるほど。1時間半程度の乗車で料金が二分の一以下で済むなんて、これは一考の価値あり。しかも、けっこう車内は空いている。絵美ちゃんはしっかり持参した缶ビールを空けている。飲めない私にはちゃんとグレープフルーツ・サワーを用意してくれているのが、ツアコン絵美ちゃんらしいところだ。BOXシートの東北本線(現・宇都宮線)では、懐かしがって乗り込んで来た同じ部署のオヤジと、上野の構内で買ったかまぼこを食べたこともあるけれど、横一列のシートでアルコールを飲んだのは初めてだった。
熱海の寮では、のんびりと早めの夕食を摂り終わった頃に、館内放送で花火大会開始直前のアナウンスが入る。皆さんそそくさと伊豆山の上に建つ寮のベランダに出て、遥かな海を見下ろし「玉や〜」の始まりを待つ。
さて、絵美ちゃんと私は、この時とばかりに皆様には背を向けて、大浴場に突進。電気を消してヌクヌクと暖まりながら、厳冬の夜空に広がる大輪の花火を2人占めすることができた。もちろん大浴場も。アッタマいい!!(絵美ちゃんがね)
その絵美ちゃんに指摘されるのが、食事に対しての思い入れの無さだ。食べ物に興味が強ければ東海林さだおさんのように、シリーズ化するほどのエッセーが書けた…かも知れない。しかし私の場合は東海林さんのような“あれも食いたい、これも食いたい”のこだわりもなく、まぁあれでもいいし、これでもいいかという程度の食への関心度だ。お腹が空いたら、何かを食べればイイヤという人間は、同じ物を食べ続けるのも平気だ。
神田明神下の銭形の親分を長年演じた大川橋蔵丈は、京都は太秦の食堂で、最初に薦められたうどんだか、お蕎麦だかをずっと食べ続けたそうな。さすがに見かねたお付の人が別の物を薦めると、今度はそれをず〜っと。食へのこだわりを、あまりお持ちでなかったのと、薦めてくれた人への気遣いとからだったのだろう。
私が、浅草はマルベル堂で、生まれて初めて購入したプロマイドが、凛々しい“銭形平次”に扮した大川橋蔵丈だった。やっぱり惹き付けあうものがあったのね。
いけない、いけない、神田明神下をお静さんを気取って歩いてる場合ではなかったのだ。時間が迫っている、仏の編集長の顔が鬼の形相に変わっていくのが見える。でも、ネタは無い。
絵美ちゃんに泣きつくと、サラリと言ってのけられた。「だからぁ、姫宮さんの話が1番面白いんだから、それを書けばいいんですよぉ」。男運の悪い姫宮話が、泣けるし笑えると言うのだ。そうよねぇ、初恋は転校してきた同級生だった。あっという間にレモンの香りの胸キュンな初恋をして、あっという間に転校されてしまったんだっけ。あの時は悲しかったなぁ。その衝撃が大きくて、それからはまっとうな恋に縁が無い。ちょっとイイナと思った人には、これまた、あっという間にストーカーに変身された。会社の階段で待ち伏せされたり、友達と入った喫茶店の横の席に座られたり、挙句には電車の動いていない時間にチャリンコで尋ねてこられたこともあったっけ。その後、どうしても好きになれず「ごめんなさい」した人からは石川達三著『幼くて愛を知らず』なんていう本が送りつけられ益々嫌いになったっけ。でも今にして思うと当たっているかも。
おっと、こんな感慨に耽っている時ではなかった。ネタは無いか、ノーテンキなネタは落ちてないものか。