“善意の傘”なるものが、局の入り口の傘立てに現れた。
透明のビニール傘が数本、共用の傘立てに並び、その上に“善意の傘”と書かれたステッカーが貼られている。1週間ほど前のことだ。それからは、その前を通る度に「いいでしょ?!」と、局の管理部員が声をかけてくる。管理部長までが「素晴らしいでしょ?!」って。どうやら、管理部が突然の雨の時に局員に使ってもらおうと思いついた企画のようだ。それを実行するにつけ、自己PR、自画自賛、手前味噌、善意の押し付けの雨嵐。私のように、雨が降るたび差してきた傘が自席に3本も4本もたまっている人間には、まったくもって有り難くもない行為であり、“善意”なる言葉を使うなら、人知れずこっそりおやりなさいと言いたくもなる。
この“善意”という言葉で、もうとっくに忘れかけていた小学生の頃の出来事を思い出した。アラ、懐かしい。
それは小学5、6年生の時のことだ。当時の担任は、今泉和夫さんという大学を卒業したばかりの新任さんだった。“聖職の礎”への理想を胸に、スクールウォーズの泣き虫先生や、3年B組の金八先生、熱中時代の北野先生よりも「子供達のために!!」と、マグマのように“燃える男”だった。
朝は、登校すると全員校庭を12周させられた。なんで12周だったのかは分からないが、余程の豪雨や雪で無い限り、今泉先生も一緒になって来る日も来る日も校庭を走った。思い返せば、そのお陰でお利口さんなのに風邪を引き難い体質になったのかも知れない。心臓も強くなりましたし。
先生のお宅にもクラス全員でぞろぞろと出かけ、近くの利根川に飛び込んで泳ぎまくったものだ。初めてお邪魔した時、割烹着姿で現れた先生のおかあさんが「かずおちゃん、生徒さんたちがいらしたわよ」と、今泉先生を呼んだのにはビックリした。それから当分の間、生徒達は「かずおちゃん」と呼んでは先生から拳骨で殴る真似をされて逃げ回った。暫くして、さだまさし似の今泉先生には“カマキリ”というあだ名がつき、もう「かずおちゃん」と呼ぶ生徒は居なくなった。果たしてどちらが今泉先生のお気に召したやら。
そんなクラスにある朝、闖入者があった。白い1匹の子犬だ。どこからともなく現れた子犬は教室の中で大人しく授業を受けるはずはなく、シッポを振っては机の間を走り回っていた。その当時は、鎖に繋がれずに自由に街中を歩いている飼い犬も多かった。でも首輪もしていない。教室から追い出しても追い出しても、なぜか5年3組の教室に舞い戻って来てしまう。
放課後に学校の近所の家を回っても、心当たりの人は居なかった。それからは「クラスで飼おう」という気運がもちあがった。多分、カマキリ先生も動物を好きだったのだと思う。生徒達が、名前を決めたり当番を決めたりしているのをソレが癖の、腕を組んだ姿で黙ってニコニコ聞いていた。そして一言「最後まで責任を持って育てろよ」。
カマキリ先生が、校長や他の教師をどのように説得してくれたのかは知る由もないが、翌日には、男子生徒が材料を持ち寄って作った犬小屋が、校舎の渡り廊下の近くに設置された。もちろん、引き取り手があれば直ぐに渡すという約束もできていたのだが、引き取り手が現れるどころか、5年3組の面々はそれからというもの憑かれた様に、捨て犬や野良犬を見つけては教室に運び込むという状態になってしまった。
最初のうちは、1匹1匹のためにクラスメートによるオートクチュールの犬小屋が用意されたが、10匹を越えるころになるとグラウンドの隅に大きな柵を作り、その中での放し飼いとなった。
毎日の当番、休みの日の当番、そして里親探し…。カマキリ先生との最初の約束を守り、5年3組の生徒達は各々が責任をもって掃除から餌やり、散歩と不思議なくらい統制の取れた毎日だった。
あの頃、子供ながらに皆よくやったと思う。それに他の教師やPTA、学校のご近所からも1件の苦情も抗議も無かった。そして、クラス内に犬が苦手だという生徒も居なかった。あれこれ考えると、今の小学校で果たしてあんな事ができるだろうかと思う。まず無理だろうな。今の世相だと、どこかで誰かが何かの不満や不安を持ち出して、全てが立ち消えになっていた事柄だろう。情操教育だなんて大上段に構えなくても、あの頃の子供達は自然にそんな教育を受けていたのだと思う。
そのまま翌年は“持ち上がり”、担任も級友も犬達も変わることなく6年3組になった。そして春、修学旅行の時には5年生が「先輩、心配しないで」と犬達の面倒を見てくれた。6年3組は修学旅行取り止めまで、真剣にクラスで検討していたのだ。きっと、何事も真剣にぶつかればどこかに道は開けるものなのだ。(何か、いつもの『大安』と違うぞ)
約2年間の犬との生活の中には、もちろん“死”という現実もあった。いくら大切に世話をしても悲しい死は訪れる。死んだ犬をダンボール箱に千羽鶴と一緒に入れ、近くの川に流しに行く。普段のいじめっ子が大泣きをしながらクラスメートの列に加わる。泣き虫の女の子がグッと涙を堪えて、そのいじめっ子の肩を抱きながら歩く。そんな光景が何度も見られた。
6年3組は卒業前に全員で、残っていた犬の里親を探し回った。その頃には地方紙にも取り上げられていたため、どうにか犬も無事に小学校を卒業することが出来た。
卒業式の式次第で、6年3組全員に卒業証書と共に“おまけ”が校長先生から手渡された。橘の、白い5枚の花弁の中心に朱で“善行”と書かれたバッチだった。6年3組の仲間は“善行”の二文字を胸に、堂々と校門を後にしたのだった。
翻って今の私は? どうやら“善行”も愛情も小学校5、6年の2年間にお犬様に捧げつくしてしまった抜け殻がここに居るようだ。かなワンワン。