就職活動も終えて、最近自動車教習所に通い始めた山田くんから「半クラッチがとっても難しいです。オートマにすれば良かった。姫宮さんも取るならマニュアルは止めた方がイイですよ」という、ご親切なメールが届いた。

おおきにありがとうさん。こう見えても私、十代で運転免許は取得しているのです。でも、どうやら免許証をもっているとは思われないらしく、数年前にも社の先輩から「女性こそ運転免許は必要よ」と、持っていないことを前提にアドバイス(?)されたことがある。やはり、私ってどうしてもお抱え運転手の居る身分に見えてしまうのね。(運動神経に問題ありという意見は却下)

それは、それとしても自分自身ハンドルを握ったら事故を起こすという絶対の自信がある故に、ゴールドの運転免許証は桐の箱に入れ、紫の袱紗に包んで引き出しの奥深くに仕舞ってある。

けれども時々、無謀にも「折角免許があるのなら、隣で指導してあげるから練習したら」と言ってくる命知らずがいるので、そんな時は“命の大切さ”を教えるために、封印している免許証を取り出すこともある。

だいぶ前、埼玉の片田舎に工業団地なるものが計画され、まずは工業用水の為の人工池が掘られた。まだ貯水されて居ない時「この池の周りを回って、中央地点から池の中に下る。そこから坂道発進の練習!」と、吉本の漫才師タカアンドトシなら「お前は教官か?!」と間違いなく突っ込みたくなるようなことを言って、私を指導しようとした同級生がいた。休日のことで工事の人達も居ない、車も通らない広い敷地。運転はしていないが、曲がりなりにも自動車教習所の卒業検定は受かっただけの腕はある。池と言っても、かなりの大きさなのでカーブも緩やか。このくらいならマ、大丈夫でしょう。なので同級生は余裕のヨッちゃん、窓から片腕を出し斜に構えたデカイ態度で「そろそろ中央だから池の中へ下ってみようか」なんて指示を出して来た。

ところが、デカイ態度で悠々と池の底が見えている助手席に反し、運転席の私は座高が低い上に慣れない運転でハンドルにしがみついているものだから、下りに向きを変えた途端、視界から道が消えた。「み・み・道が無い!?」慌てふためいた私は思いっきりUターン。あやうく池の淵で踏みとどまったものの、助手席はパニック。目の前に広い広い池の底が見えているのに、ゆるやかに斜面を車が下りていく様を想像していたのに、大きく車のお尻を振ってスタントもかくやと思うほどのスピンをやられては、五臓六腑がもんどり打って飛び出さんばかりのショックを受けたことだろう。「ビックリしたぁ」を百万遍くらい聞かされてから、「代わろう」と静かに言われた。この言葉に「君には2度と運転席に座らせない」という思いがにじみ出ていたっけ。

別の友達とは私の運転で“有料道路”を走ったことがある。有料道路と言っても○○高速というのとは打って変わったのどかな田舎町を横切る、のまだほんの30kmほどしか開通していない路だ。全線が繋がっているわけではないのでとにかく空いている。ここなら安心。ところが料金所でお金を払おうと停車したものの、どうしても料金がブースに居る人に渡せない。窓から身を乗り出し、腕を伸ばしても駄目。後続車も明後日くらいまで来る気配も無さそうなトコだったので、料金所の中から蛭子能収のような係り員が、ヨッコラショと出て来て、車の正面に立ち、左右の幅を確認した。「これじゃぁ届かないよ」と降りるように手招きする。確かに!! 車は助手席側が、よく擦れなかったと思うくらいギリギリまで左側に寄り、料金所側には1m以上の空間ができているのだった。「良かった空いてるトコで」という私に「それは、こっちの台詞!!」と、助手席と蛭子能収に挟み撃ちにされてハモられてしまった。その時の友達も、その後どんな空いている道路を通っても決して「運転してみる?」とは聞いてこない。

湾岸の6車線だか8車線だかの大きな十字路で、見事にエンストしたこともある。千葉の友達を尋ねた帰り、ここからはずっと真っ直ぐだからという道で「やってごらん」と言われたからハンドルを握った。大きな交差点が迫って来たとき「あそこでエンストなんてしたら最悪だね」なんて言って、ケラケラ笑ったのがまずかった。“言霊”を甘く見てはいけないと、後続のダンプやトラックのクラクションに煽られながら、深く反省したのだった。「やってごらん」と言った友達は助手席で真っ青になってる。こちらも2度と言うまいと反省したことだろう。ところで、こんな状況の中でも焦らず騒がず、エンジンを駆けなおすことができる私って凄くない?!

四輪は無理でも、せっかく免許証があるのだから、せめてバイクくらい自由に乗れるようになりたいものと、グルリグルリと近所の一角を回って腕慣らしをしたこともある。こちらはなかなか快適。案外ライダーの素質があるのかも?! と思った矢先だった。T字路でいくらアクセルを吹かしても、バイクが前進してくれない。女は度胸とばかりにエンジンを全開、思いっきり吹かしたらバイクもろとも体が宙に浮いた。そのまま正面の島田さんチのブロック塀に接触。激突しなかったのは私の腕よ腕。接触の瞬間に思いっきりハンドルを切って左折、何事も無かったようにそのまま、ばく進したのだった。雨上がりの轍にタイヤが取られていたのに気付かなかったのが原因。もちろん、あとから島田さんチにはお詫びに行った。「いいのよぉ。何しろT字路の正面だからしょっちゅうよぉ」と、島田さんの小母さんは大らかに笑ってくれたが、今も、松が姿よく枝を伸ばした、その下辺りのブロック塀には私が描いた黒いタイヤ痕が薄っすらと残っている。

ああ、最後に私にハンドルを握らせてくれた勇気ある人は誰だっただろう。あまりに遠い昔のことで思い出すこともできやしない。

この夏、どなたか私にハンドルを握らせて助手席に座ってみませんか、世界中のどこのオバケ屋敷より、ヒヤッとすること請け合いですよ。