大変遅ればせながら、御年79歳になる我侭我がママのトラうさぎが、初めて携帯電話を持った。

周りがいくら勧めても、何かの懸賞で当たっても「そんなもの要らない」と、歯牙にもかけないトラうさぎではあったが、ここに来て必要に迫られる事態になった。品川にある“十字式健康普及会”なる所に通い始めたのだ。埼玉の片田舎からは片道1時間半、どんなルートを使っても乗り換えのある道のり、さすがに1人で向かうのは心細いらしく、その都度私が、乗り換え駅まで迎えに行くのだった。そして、その度に義妹や姪が「バーちゃんは○時○分の電車に乗りました」なんて連絡をくれるのだ。しかし、やはり本人と直接話せた方が話が早い。そんなことから義妹が操作の簡単な、その名も“らくらくホンシンプル”なる、字も大きなシニア向け携帯電話を探してきてくれた。

ある晩テレビを見ているとテーブルに置いた私の携帯電話が鳴った。番号に心当たりは無い。いぶかりながら出てみると「はい、これはテストです」という、トラうさぎの学芸会のような声が聞こえて来た。「携帯、買ったの?」と聞く私に「聞こえますか?聞こえますか?」と、同じ調子の声。「ねぇ、聞こえてないの? 音量を調節した方がイイんじゃない?」。こちらはついつい大声になってしまう。ところが「ねぇキヨコさん、声が聞こえないんだけど、ここを押せばいいの、ちょっと見てよ」なんて、誰に電話してんのよぉ。そうこうしているうちに「ツー、ツー」と通話の切断された音。一体なんだったんだ?

小一時間待っても、何の連絡も入らないので実家の固定電話にかけてみると、普段の母の声が返って来た。「かけなおして来るのかと待ってたのにぃ」と抗議する私に「まだ、練習中だから。次に東京に行く時までには覚えておくよ」と、既にもてあましモードに入ってしまった気配だ。

さて、その“次に東京に来たとき”トラうさぎが持って来ましたよ“らくらくホンシンプル”を。手にしてみると「話せればイイんですよ、電話なんだから」と、別の会社のCMで松本人志が盛んに言っていた、話せるだけの携帯電話そのものだ。大きさは縦13cm弱、幅5cm、厚さ2cm弱。ちょうど、テレビやエアコンのリモコンと同じくらい。次回か、そのまた次回くらいに上京して来たトラうさぎのバッグから“らくらくホンシンプル”の代わりにリモコンが飛び出す図が、目に浮かぶ。

せっかく持ってきたのだから無事到着を義妹に連絡するようにと促すと、おもむろに「ゼロ・ヨン・ハチ・ゼロ…」と呟きながら電話のかなり大きめな文字盤を押す。「はい、無事着きました。連絡です」。物心ついてから、言いたい事をガンガン言いまくっている母しか見ていなかったのに、この言い方はナンなんだ?! 今更の携帯電話ではあるが“新しい物”を持つと、けっこう緊張する性質だったという、意外なトラうさぎの一面を発見することとなった。

それにしても、家に電話するなら登録機能があるのではないかと、アッチコッチいじってみると、電話機のお尻の辺りに5cm四方の板状のプラスチックがついている。なんじゃこりゃ、充電器に装着するものかいなと、引っ張ってみるとスルリと出て来て、そこに番号と名前が義妹の字で書き込まれている。おおこれは携帯電話帳だぁ。10件まで登録できるらしく、1番の家から始まって、家族の携帯や親戚の電話が記されている。私の番号は家の次、2番=恵子となっていた。その後に義妹の携帯、ご子息である豚弟の方が妻の後の4番だった。ウム、犬は飼われている家族に順位をつけると言うが、義妹も知らないうちにそういうことをしているらしい。人間では私が1番なのだから豚弟の順位は納得してやるとしよう。

「これからは、通話のボタンを押して相手先の番号を押して、又通話って押せば話ができるからね。私のトコには通話・2番・通話。分かった?」「分かった、分かった」って2ツ返事は怪しいなぁ。

トラうさぎの携帯には、買った時についていたピンクのベルトのようなストラップとドコモダケ、義妹がつけてくれたという瓢箪つきの鈴、姪がくれたというイルカのキーホルダー、私がお正月に渡したうさぎの形をした根付と、本体より賑やかに様々なものがついている。「邪魔なら、取っちゃえば」と私が言うと「皆がつけてくれた物だから」と、バッグから取り出す度にアッチコッチに引っ掛けながら、どうにかこうにか引っ張り出しては、携帯の画面にある時間を見ている。「時計が見易いのよ」だそうだ。何かしら役立てば、持っている甲斐があるということになろうか。

実家に母が居る時に、いっくら専用の携帯電話にかけても本人が出たためしがない。虚しく「ただ今、電話に出られません」という音声案内が聞こえてくるだけだ。仕方なく固定電話にかけると「今、千恵(姪)が気付いて持って来たトコ。出ようとしたら切れちゃった」とか「いつの間にか音がしないようになっていた」とか、果ては「いっくらモシモシって言っても聞こえてこないのよ。どこか押さなきゃ駄目なのかい?」って、どんな“らくらくホン”でも、通話ボタンくらい押さなきゃ無理でしょう。もう1度、根本的な部分から義妹に教え込んでもらわないとイカンらしい。

先週はトラうさぎ、携帯電話を持ってからの2度目の登場となった。私が出迎える駅まで行くと、義妹に無事着いたことを報告しなくちゃとおもむろにmy携帯を取り出した。やっと慣れたかと見ていると「時計が見えなくなっちゃったよぉ」と訴えてくる。どれどれ…見事に電池切れです。「電池、入れてよ」っていとも簡単に言ってくれるが、充電器がなくちゃ無理なのだ。

電池の切れた携帯電話を後生大事に持って来たトラうさぎ。仕方なく私と義妹は「バーちゃんの携帯は電池切れです。○時に着きました」「○時○分に乗って帰りました」と、以前のように報告し合わなくなくてはならないのだった。

結局、周りの人間はトラうさぎから携帯電話代わりに、使われているということだろうか。NTTさま、充電も要らない、ボタンも押さなくて良い究極の“らくらくホン”の開発を伏してお願い致します。