2006-10-29 日
先見の明
やったぁ、プロ野球日本シリーズで私が応援団長を務める、と思っている北海道日本ハムファイターズが、俺流落合監督指揮する中日に圧勝、44年ぶりの日本一に輝いた。
初めて北の大地、札幌での日本シリーズ。そこでの胴上げは涙、涙の新庄からヒルマン監督、天国の大社前オーナーまでも宙に舞った。選手と観客が一体になり、そりゃぁもぉ大盛り上がりさぁ。ファン代表、と思っている私も胴上げされている気分で嬉しかった。
思い起こせば…何年前だったかなぁ。私が、まだ頭に北海道がつかない日本ハム・ファイターズのファンになった頃は、プロ野球ファンに日ハムファンが占める割合は1%弱。そんな数字がはじき出せるのかぁという信じられない数値だった。だから、日ハムファンだと言うと「随分、渋いトコ応援してるねぇ」などと言われ、選手の名前を出すにも予め「ご存知無いとは思いますが」と、いちいち断りを入れなければならなかった。ところがどっこい、北の大地に移ってからは長足の進歩というか浸透というか。爆発的な人気になっている。北海道では巨人の人気が圧倒的だったのではなかったかい?
その巨人と同じ東京ドームを本拠地にしていた時なんて、観客はガラガラ。トイレから戻って来たお父さんが、席に戻ろうとして足元に転がって来たファール・ボールを「ヨッコラショ」と拾い上げるシーンを目の当たりにしたこともある。満員の観客だったら、ホームラン・ボールはもちろん、ファール・ボールだって皆、目の色を変えて奪い合うものだ。この日本シリーズで常に4万人を軽く超える観客動員には、ただただ驚かされる。空撮のようにグルリと埋まった観客席を画面が写しだす様を見て、本当に日ハムの試合かいなと不思議な気分にさえなる。
東京ドームでは、日ハムの試合当日、試合の無い巨人選手のグッズの方が大きく扱われていたりして、義憤を覚えたものだった。札幌ドームは日ハムのためだけの、正に本拠地。選手達だって、そりゃぁやる気が出るでしょう。泣く泣く東京ドームから見送った母(いつから?)ではありますが、日本シリーズ最終日の瞬間視聴率が札幌地区で73%を超えたという話を聞くにつけても、よくぞここまで育ててくれましたと北の大地のファンの方々に向かって手を合わせたい気持ちだ。
でも、だが、しかし、絶対に、この度の日本一も、私の応援のお陰なのだ。だってリカコが言っていましたもの。「姫宮さんが目を留める人は、必ず活躍するようになりますね」って。これは、歌手や俳優のことを指して言ってくれた言葉だが、私にとってはファイターズも同じこと。最初に目が行ったのは奈良原選手だった。そしたらなんと、選手会長よ。高橋信二のユニホームを抽選で引き当てたら、直後からホームランをガンガン打ったし、クリスマスの集いでサンタさんの赤い服を着た森本と握手をしたら、翌春からあの活躍よぉ。日本一のウィニング・ボールも捕っちゃうしね。やっぱり、応援団長、と思っている私は凄い。新庄ほどではないけれど、私もきっと“持ってるわ”。
日本シリーズの対戦相手、セ・リーグ優勝の中日には、去年まで日ハムに居た奈良原が、この春移籍している。バッターボックスに立つと、アンパイヤより小さな体なのに、その出塁への執念、守りの技は玄人受けすると言われている。日ハム広報の人とお話しする機会を得た時、最初に「誰のファンですか?」と尋ねられ「奈良原選手です」と答えたら、えらく喜ばれた。広報の人たちに、ちゃんと技を見ていると認められた私も嬉しかった。せっかく中日も勝ち上がったのだから、古巣、日ハムとの対戦では姿を見せてくれるものと期待していた。私としては、奈良原がほどほどに活躍した上で、日ハムが優勝したら2度オイシイ日本シリーズになったのだが。
ところで、私の試合観戦法だが、ちょっと偏っている。日ハムが攻撃の時は斎戒沐浴し、一心不乱に応援する。電話がかかろうが、トイレに行きたくなろうが無視、無視、じっとガマン。そして、相手チームの攻撃の時は食べたり飲んだり、よそ見をしたり、パソコンでゲームをしたり、トイレに行ったり。兎に角、なるべく相手の攻撃は見たくないのだ。日ハムのピッチャーが追い詰められでもしようものなら、もう胸苦しさに眩暈がしそう。殊に押さえのマイケル中村の投球フォームは「あの姿勢で何を考えているのだろう」と思うほど、顔を俯かせた不思議なフォームだ。とても心穏やかなまま見ていることができない。そんなわけで、相手チームの攻撃は、9回の最後のバッターしか見ていない。球場に行ってもしかりで、お弁当を食べたり飲めないビールを無理に飲んだりしている。
今回の日本シリーズに向けては日ハム攻撃の際の応援用に、通販で何段階にも背もたれが傾斜する大き目の座椅子を購入した。相手チームの攻撃の時は立ち上がってお風呂の用意をしたり、トイレに行ったりウロウロ。しかし、攻撃に入ると座椅子にシッカと座り、打席順に心の中で叫ぶ。「ヒチョリィ、塁に出てぇ」「ケンスケ、送ってぇ」「小笠原、ここでホームラウン」「セギ様ぁ、打ってぇ」。稲葉が登場の際は、私も札幌ドームの観客のように飛び跳ねたいが、マンションの下の階から苦情が来るであろうから、グッとがまん。「画面が揺れていますが、観客のジャンプでカメラが揺れているのです。お宅のテレビの故障ではありません」というアナウンサーのお断りが何度も繰り返される。その都度“私の”日ハム人気を誇らしく思いながらも、札幌ドームの耐震の度合いがチト気にかかった。
札幌には、日本シリーズの間「今朝の北海道のスポーツ紙です」と、日ハムが活躍した紙面を送り続けてくれた有難い仲間もできた。何しろ私が目にする東京中日スポーツでは『憲伸頼む』と、負けた中日が当然のように1面を飾っているし、リーグ優勝した翌日のデイリーも1面は、これまた当然、阪神球団の記事だったのだから。
それにつけても、今回の日本シリーズで1番驚かされたのは母からの電話だった。日ハムが優勝した直後に「おめでとう!!」と言って来たのだ。まさか、母が日本リーグに関心をもっているなんて夢にも思っていなかった。母「お前に初めて聞かされた頃には日ハムなんて知らなかったけど、大したもんだね」私「どうよ、どうよ凄いでしょ」母「こういうコトでは先見の明があるんだねぇ」私「ほほほ、私には見る目があるのよ」母「だったら、それを男性を見る目に活かせばいいのにねぇ。ウダウダ、アダコダ…」はぁ、やっぱり行き着く先はソッチですか。せっかくの浮かれ気分に、日ハムの選手のビールかけより早く、冷や水を浴びせかけてくれた我が母、トラうさぎなのでありました。