「あ! 来週の金曜日、ひょっとして休める? あのね、自衛隊の音楽祭が武道館であるのだ。これはブラスバンド好きにはたまらん音楽祭でね、全国の自衛隊の音楽隊+日本駐在の米軍音楽隊なんかがいっぺんに集まって演奏する。いわゆるマーチング・バンド。チケットは、それはもう入手困難なプラチナチケット。午後2時の部のチケット二人分持っている大物の私。どや、一緒に行こやないか」

京都生まれの京都育ち、生粋の京おんなながら、そのイメージを根底からひっくり返すだけの実力者(?)美里姐さんから、誘ってるのだか自慢してるのだか、脅してるのだか分からないが、兎に角めったに拝めそうもない素晴らしい催し物へのご案内メールが届いた。

武道館でのマーチング・バンド。いいなぁ、その手のものは昔から大好きだ。

ズボンを腰より低い位置で履き、ずるずると引きずって歩く“男の子”。黄色人種には似合わないと言うか、汚いとさえ思えるお腹を出して街を闊歩する“女の子”。伝説の漫才師、人生航路ではないけれど「責任者出て来い!!」と言いたくなるような乱れたガキンチョが跋扈している風潮の嘆かわしいニッポン。その対極の、皺一つなくキリリと整えられた制服姿。隊列を組んでの吹奏楽。爽やかだなぁ、凛々しいなぁ。ああ、打ち震える感動に頬を紅潮させながら手拍子、足踏みをしている私が見える。

「行きます!! 私を武道館に連れてって」思いっきり手を挙げたかったのだが…気がつけば私って哀しい宮仕えだったのよねぇ。“来週の金曜日”は、前々から決められていた新しい業務のテストがある日だった。しかも私はそのテストの“担当者”。ひょっとしても休めるなどということは無さそうだ。でも一応、テストの相手方に聞くだけは聞いてみよう。案外、相手も音楽祭に誘われているかも知れないではないか。

美里姐さんには、暫し待たれよの事情説明メールを送った。打てば響くように届いた返信には「脅すなりすかすなり、なんなりして休みを勝ち取れ! 行けー! ジャンジャンジャンジャカジャンジャン ジャンジャンジャンジャンジャン♪」と、マーチング・バンドの音が高らかに鳴り響いていた。

ジャンジャンジャンジャンジャン♪に送られて、私も先方に勢い込んで電話をしたのだが、肝心の“担当者”は出張中で、こちらの退社時間にならないと戻って来ないと言う。ここで再び、律儀な私は姐さんに経緯を報告。

「マーチング・バンドよ、マーチング! 参加音楽隊の数も凄いし、マーチングすんのだぞ。おまけに!今までの例でいくと、例年必ず防衛大学校の儀仗隊が出演する。若くて可愛くて清々しい! これに行かんでドナイするのや!!」と、明らかにお誘いから、脅しへと変わった返信が、またまたアッと言う間に届いた。

しかし残念乍ら、出張から帰って来た先方は音楽祭に誘われているそぶりも無い。テストの“担当者”であるところのワタクシは、来週の金曜日「突然の頭痛、腹痛、親が危篤」にでもならない限り、休むことはまかりならないという結論が出た。確かに、人間様対人間様ならいざしらず、機械という、血も涙も無く融通の利かない参加者が居るもので、日にちをずらしてもらうことはなかなかに難しい。私も、いっくらジャンジャンジャンジャンジャン♪と、マーチング・バンドに後押しされても、会社員としてゴリ押しはできません。仕方なく、どんな場合でもゴリ押しできそうな美里姐さんに「折角のお招きではありますが、誠にもって残念ながら如何ともし難く」と、謝りのメールを送った。

「それでも、どうにかせい!!」とは、さすがの美里姐さんもおっしゃらなかった。「最近めげとるようなので、せめて壮大なブラスバンドのマーチングでも見せてやりたいという温かい友情なのでありましたよ。感謝せい。ほな代打を探すがそれでええんやな」という、ハートウォーミングな最後通告が届いた。

残念無念、会社で律儀に“担当者”をやってるより、武道館に行った方がどんだけ心弾むことか。浮世の憂さも吹き飛んだことだろうに。

今年、自衛隊という冠のついた催しに行けなくなったのはこれで2度目だ。夏場には、富士の裾野で戦車に乗るという、又と無い体験をオジャンにしている。知り合いの、その又知り合いに自衛隊の元、かなりのお偉いさんが居てその人が陸上自衛隊富士駐屯地祭に呼んでくれると言う。観閲行進や車両の体験搭乗というのが主な行事で、想像しただけでも血沸き肉踊るではないですか。鍛え抜かれた精鋭が一糸乱れぬ行進をするお姿を、目の当たりにできるのだ。そして、どんな高級車より「戦車に乗った」の一言の方が、どれだけ迫力があることか。駐屯地での食事も体験できるという話だった。こちらは夏真っ盛りの7月23日のことだった。ところが22日の夜になって「私が運転する車に乗せて行ってあげる」と言ってくれていた友達の家にご不幸があり、本人が消え入ってしまうのではないかというほどのか細い声で「ごめんね、あなただけ行って」の連絡が入った。「とんでもない、そんなことできないよ。それより元気を出してネ」と友達を勇気づける心優しい私だった。

その時は友達が心配だったし、イソップ童話の『きつねと葡萄』ではないけれど「こんな暑い時に富士山くんだりまで行ってもねぇ」などと思って戦車の件は考えないことにした。けれども、今回の一件もあわせるとちょっと切ないなぁ。2度あることは3度ある。年内にあと1度、自衛隊にお招きを受けながら涙を飲む出来事があるのだろうか。

ン、高田渡氏が現れて♪自衛隊に入ろう♪と誘われたら、これは3度目の正直ではなく、2度あることは3度あるで丁重にお断りさせていただくとしよう。