わたくし、池田山城の天辺で優雅に独身生活を謳歌しておりますの、オホホ。

でもね、実はこんなわたくしでも世間で言うところの“お見合い”なんてものを経験したことがございますのでございますよ。

初めてのそれは、おんとし正真正銘25歳の頃だった。隣の部署の気のいいおじさんが「俺の知り合いにイイ男が居るんだよ。今度会ってみないかい」と、いとも気軽に声をかけてくれた。

イイ男なら会ってやらなくもない。

場所は目白の椿山荘。まだ一度も足を踏み入れたことの無い所だった。

こちらは、気のいいおじさんと椿山荘の正面で待ち合わせ。トイメンにはカテドラル教会。鐘が連なった塔がそびえている。お日柄も良く、ご縁があればこの教会のバージン・ロードを歩けるかも、なんて笑みがこぼれてしまいます。

あちらは、ご両親こそ付き添っていないものの伯父さんというのと、妹なるのがくっついて来ている。

「あちらの伯父さんが、ここのコック長さんをされているんだよ」。気のいいおじさんの説明に納得。「妹さんも、伯父さんのお料理が食べたいって」。ま、これも納得。いずれは、お目にかからねばならない人ならば、早めにお目にかかっておいて悪かろうはずはない。

一応の挨拶が済みまして、食事は伯父さまのご説明を拝聴しながら、ちょっと緊張はあったものの、つつがなく腹いっぱい、オットお腹もほどほどに膨らみまして、食後のお茶となりました。

ボーイさんが「コーヒーと紅茶がご用意できますが、どちらになさいますか」と恭しく問うたとたんに妹御がのたまいました。

「おにいちゃまは、お紅茶ね。おにいちゃまは、あつこが入れたコーヒーしか飲まないんです」。「???」

おにいちゃま? あつこぉ?

確か、おにいちゃまは30才だったはず。そんなに年の離れた妹とは聞いていないので十代のガキ、いえ十代の少女ではあるまいし、自分のことを名前で呼ぶな!

ん、あちら側をよく見るとコック長なる伯父が居て、本人がいて妹あつこが居て、その隣に誰か居るぞ。

熊よクマ。それもテディベアなる、クマのぬいぐるみまで鎮座ましましているではないの。

私の視線を感じたあつこが言った「この子、あつこが骨折して入院した時、おにいちゃまがお見舞いにって買ってきてくれたの」あ、そう。「この子、いっつもあつこは連れているの。もちろん寝る時も一緒よ」あ、そう。「おにいちゃまは、とっても優しいの。今日のあつこの服はおにいちゃまが選んでくれたのよ。おにいちゃまのは、普段からあつこが選んでいるの」あ、そう。

そう言われたおにいちゃまは満面の笑みで、あつこの顔を見つめている。その瞳には少女漫画の星が光っていそう。

ゾゾゾーッとしましたです。はい。

アイコンタクトなるものをして「では、若い者同士で」なんて決まり文句も言わず、隣の部署の、気のいいおじさんは、私を椿山荘から連れ出してくれた。

「いやぁ悪かったねぇ」とおじさん。でもいっそハッキリしていて良かったというものだ。(どうやって断ろう)(断られたらどうしよう)もないままに、おじさんと「なんじゃ、ありゃ?!」と意見も一致しましたもの。

「いやぁ、奴だけしか面識が無かったもので、まさかあんなだとは思わなかった」。おじさんは何度も何度も最敬礼をしてくれた。

数年して、その兄妹がそれぞれ結婚したとおじさんから聞いた。

もう、びっくりこきまくり。そうかぁ、ああいう二人でも結婚できたんだぁ、と我が身を振り返ったものだ。又、椿山荘でお見合いなんぞしたのだろうかと、そこのところも興味があった。

それから半年もせずに、今度は例の兄妹ともに離婚したと知った。

ホッとしましたね。やっぱり世の中に常識は生きていたのだと。

ああ、あれから何年たったことだろう。あの後も、コントで志村けんが演ずるお婆さんそのままに、何度も何度も同じ質問をしてくる人。お絞りが出ると指を1本1本拭くだけでなく、電車に乗ると吊り輪をハンカチで拭ってから掴む癇症兄さんなど“断るのに困らない”相手とばかりお見合いを重ね、状況が変わらぬままに今に至るワタクシなのだった。

ああ愚弟でさえ、たった1回のお見合いで妻をめとったというのに。

そうそう、志村けんもどきのオッサン。後から聞いたところによると、会ったとたんにワタクシに一目惚れ。頭の中が真っ白になり、何を言ったら良いのか、自分が何を言ってるのか分からないくらいに舞い上がってしまっていたんですって。無理はございませんですねぇ。オホホ。

そして今日も、独り優雅に池田山城での高笑いは続く。