いそのくんチに行って来た。サザエさんもわかめちゃんも居なかったけど、茶髪の元気なお兄さんたちがフットワーク良く働いていた。

お察しの通り、私の行った“いそのくんち”は、いそのかつおくんの家ではなく、昭和30年代を彷彿とさせるレトロな作りの居酒屋さんだったのだ。お通しはラムネ菓子や、下町っ子が、もんじゃ焼きに喜んで入れたようなバリバリのかた焼きそば、マシュマロといった懐かしいおやつ。メニューもハムカツ、メンチカツにコロッケ、そして焼きそば、おでん、それにたけ串に刺さった丸いお餅などなど。目新しくはないけれど、ついつい注文したくなるような物ばかりだ。ハムカツは縁取りの赤い、ペラペラのハムを揚げたものを想像していたが、やはり時代よねぇ。そんなチープなものではなく、脂身のしっかり入った高級そうなハムが厚く切って揚げられていた。昔なら大喜びだろうが、あの頃を懐かしむ身にはちょっと残念。でも、その1枚のハムカツから次々に思い出話があふれ出て来る。「コロッケが5円でメンチが10円だった」。「給食に出たくじらのベーコンが美味しかった」「味噌おでんを自転車に積んで売りに来るおじさんが居たっけ」…… 皆、目が無邪気な子供のように輝いている。

カウンターに並ぶウィスキーも「トリスを飲んでハワイに行こう」と謳われた時代のサントリーの角びんだ。最近は焼酎や発泡酒がモテモテだが、口に含むと入社早々に会社の飲み会で飲まされた水割りの香が蘇って来る。私が生まれて初めて飲んだアルコール、バイオレットフィーズも持ち手のついたアルミの水飲みのようなカップに入って出てきた。何もかも懐かしく、時のたつのを忘れるとはこういうことかと思うくらいに話が盛り上がった一夕だった。

あの感動をもう一度。郷愁の店を求めて探してみたら我が家の近所にもありました。「奥様公認酒場」と銘打ったハッピーという居酒屋。入るとすぐに駄菓子屋を模したスペース。なんと豆腐屋さんのオブジェまであるではないの。客席はテーブル席と、畳の席。畳の席は、まるで私が子供の頃の実家の茶の間そのままに、丸い卓袱台、木目も見事な茶箪笥、そして白黒のテレビジョン。テレビにはNHKの人気番組だった「ジェスチャー」のビデオテープが流されている。柳家金語楼、水の江瀧子両キャプテンが張り切って演じる姿も懐かしい。あの頃はチャンネル数も少なく、どの家でも同じ番組を見ていたっけ。

だから昨日のあの場面と言えば誰でもわかる。視聴率40%を割ったという紅白歌合戦が70%以上の高視聴率を当たり前に取り続けていた時代だ。思い出も東京オリンピック、新幹線の開通、大阪での万国博覧会といった、国民みんなで共有できるものがたくさんあった。

色々思い出すにつけ、ああ昭和は良かったなぁ…なんて、ついつい大きなため息をついてしまう。そうよそうよ、昭和は良かった。昭和の時代にはこの私にも華やかなりし日々があったのよ。先日亡くなられた漫画家の中尊寺ゆつこさんが描いたような、ディスコで扇子を持ったワンレンのお姉さん達が踊りまくって居た時代、昭和40年代、昭和元禄と言われバブル絶頂期で浮かれていた頃だ。あの頃は、この私にとってもバブリーな一時期で、アッシー・メッシー・ミツグ君なんていう、ミドル・ネーム(?)までもつ男性がぬかづいてくれたものよ。クリスマスや誕生日というイベント日には、真っ赤な左ハンドルでお出迎え。行く先はクィーン・アリスだマキシムだ、レカンだと名の通ったお店ばかり。極め付けは、ナンバーがふってある鴨料理をたべさせるレストラン、トゥール・ダルジャン。場所は、かのヨン様が泊まって大騒ぎになったホテル・ニューオータニの地階である。ヨン様も食べたかしらん。そこで鴨料理を食し、格付け番組に出てきそうな赤ワインをキコシメシ、バッグやアクセサリーを「気に入っていただければ」と献上されていたのだ。あの頃のワタシャ「装飾品なんて男性から貰うものよ。自分で買ったことなんて1度も無いわ。オホホ」とうそぶいていたものだ。ドヨ。

でも、バブルがはじけると同時にミドル・ネーム付き男性もアッという間に雲散霧消してしまった。そして大日本帝国が不況にあえぐ今、声をかけてくれる殿方もない。ナンパなるものを最後にされたのは何年前のことだろう。なのに、バブリー時代に甘やかされたおかげで私は、一人では出かけることも食事をすることもできない乙女のまま、時代に取り残されてしまった。どうしてくれる。

ああ、昭和は良かったなぁとつくづく思う。そう言えば17年前の、この私の誕生日1月7日に昭和は幕を閉じたのでした。あの日、葉山は音羽の森のレストランで、陽光に輝く海をみながら食べたフランス料理。そして誕生日プレゼントとして献上された真紅のバラの花束とダイヤのネックレスが私の輝きの最期だったのかも。

いそのくんチに行った時、ドアを開けると店員さんたちが声を合わせて発した言葉は「いらっしゃいませ」ではなく「お帰りなさい」だった。懐かしい昭和の時代へ「おかえりなさい」だったのではないかと一人で納得している。ああ、あの昭和の時代へ戻れる手だては無いものか。いそのくんチのサザエさんのように永遠の24歳で居る私ではあるが。おっと、また若返ってしまった。