「全舷」という言葉を口にしたら、最後の志願兵世代である知り合いのおじさんに「懐かしいなぁ。全舷というのは海軍用語だよ」と言われた。わが社では社員旅行をこの言葉で表す。確かに海軍用語で全員、船からの上陸が許可される場合を「全舷上陸」というのだそうだ。

私が初めて行った全舷は、伊豆は今井浜の会社の保養所だった。そこで食べて飲んで盛り上がったころ、諸先輩方に言われるままに桜田淳子の『私の青い鳥』を赤ペラで、♪クックックク、クックックク青い鳥〜 と歌った。それからというもの、マラソンの高橋尚子が『オバケのQ太郎』を歌ってQちゃんと呼ばれるようになったのと同じように、クックちゃんと呼ばれるようになっていた。その旅行には、私と入れ替わりのように大阪へ異動になっていたM・Aなるオヤジも招待され参加していた。そのオヤジ、自分はもう他所の人という思いで、私ともう一人の女性部員のお尻に触って来た。ところが3年の後、我が部署へと舞い戻り、3年分強く逞しく成長していた2人のOLに、さんざん吊るし上げられたのだった。「まさか2人とも残ってるなんて思ってもいなかったよぉ」だって。

翌年は大洗だった。「大洗で美味いあんこう鍋をつつこう」が主旨。東京方面から私を含めた3人は常磐線で石岡まで行った。その先は石岡に住む同じ部署の青年が、車で連れて行ってくれるという約束になっていた。ところが、3人が約束通り石岡の駅で待てど暮らせど青年金子、ネコちゃんの現れる気配が無い。まだ携帯の普及する前の話、金子家に電話を入れてみると妹さんが電話口で「探して来ます」って。「どこに居るんだぁ」。それからもただただ待機。「お待たせぇ」と、上機嫌でネコちゃんが現れたのは約束の時から1時間もたっていたことになる。なんとネコちゃん、駅前のパチンコ屋さんに居たのだそうな。「早く着いたもんで、時間つぶしに入ったら出ちゃってサァ」。車の中で食べてと、チョコレートやポテトチップス、お煎餅から飴・ガムの類までしこたま渡されたのだった。では、いざ大洗に向けて出発。

しかし「他人の車に簡単に乗ってはいけません」というのは、どんな場合にも当てはまるということを、身に染みて判らせられるまで時間はかからなかった。誰だ、こんな奴に運転免許証を交付したのは?! 下手なんて生易しいものではない。助手席に座った次長は、ネコちゃんがブレーキを踏む度に、天井に頭がぶつかりそうになるのを必死に足を踏ん張って耐えていた。普段、車酔いなどしない私とマミちゃんは、後ろの席で吐き気と必死に戦っていた。ネコちゃん以外の3人は大洗までの長い道のりを生きた心地もないままに居たのだが、運転手のネコちゃんはいたって元気。「チョコ食べればぁ、ポテトチップスもあったよねぇ」なんて鼻歌混じりに言ってくる。その上「大洗についたら、海辺をドライブしますかぁ」って。誰がするか!! ああ、何度「石岡なんかで降りなければ良かった」と思ったことか。その日われわれは、苗字の金子からとったネコちゃんという愛称を、ドラネコへと変更したのだった。

ドラネコの運転ながら、どうにか無事に4人は大洗の目指す宿にたどり着くことができた。ただ、始まりが始まりだったからか、その夜の宴会もそりゃぁもぉ色々とありました。あんこう鍋も底が見えるようになり場も盛り上がった所で、嘱託である大先輩の岡田氏が上機嫌でご登場。「踊ります」とおっしゃる。「音楽は?」「自分で口三味線」。やおら始まったのは、多分、入社早々に諸先輩方から仕込まれたのであろう古の“裸踊り”だった。あれよと言う間に身に着けているものをかなぐり捨てていく。なにしろ宿の浴衣で寛いでいるのだから一瞬で素っ裸なのだ。そこで、かのドラネコが素早くお盆を持って、岡田さんの体を隠す。それでも岡田さんは、手ぬぐいを頭にふわりと被り片端を咥えて女形のように首をかしげ、身をくゆらせながら踊っている。マミちゃんと私は、いっぱしの社会人ではありますし、場を白けさせないように、静かに目を伏せて岡田さんが満足して踊りを止めるのを待っていた。今なら「セクハラです!」って大騒ぎになるところだ。それにしても、あのドラネコ、車の運転では全く運動神経のかけらも無いように思えたが、お盆を持って岡田さんを追う反射神経は並ではなかった。義経の八艘飛びよろしく、岡田さんの前をひらりひらりと飛び回る。運動神経の不思議を見た気がする。

岡田さんの踊りで火がついたのか、皆勝手に歌ったり、踊ったり吼えたり叫んだり。そんな時、かのドラネコの絶叫が聞こえた。古いどっしりとした日本旅館の廊下から庭に落っこちたのだった。うずくまって膝を抱え込んでいるドラネコの所に現れたのは、これももうとっくに出来上がっている関西出身の部長だ。「膝打ったんか。ドヤ、わいが治したるぅ」言うが早いか、柔道部出身、整体もお手の物と豪語する部長はドラネコの膝を両腕で「ボキリ!!」。酔っ払いも下戸もシラフも、この鈍い音だけは確りと聞いた。

病院で診てもらった結果「複雑骨折しています。だけど不思議な折れ方だなぁ」。それからというもの、ドラネコはどんなに繁忙期であろうと「膝がぁ…」と、部長の前で口にするだけで「どうぞどうぞ、休んで下さい」という有り難い免罪符をもらえるようになったのだった。

今更、社内旅行なんて行く気にはなりません。でも、高度成長期、行け行けドンドンと部全体がスクラム組んで同じ釜の飯を食べていた頃が懐かしい気もするなぁ。