怠惰で自己チュー、我侭勝手、だから可愛いというのを絵に描いたような私ではあるが、意外なことに、見上げた精神の持ち主との親交がけっこうある。

「日本サハリン同胞交流協会」を発足させ、サハリンや旧ソ連に取り残された同胞の帰国を支援する運動を続けて16年の小川さん。そんな方とはツユ知らず、ゴルフ場でキャディーさんまがいに、こき使ったことがありましたっけ。

第二次世界大戦時、無念の思いと将来のニッポンの礎としての誇りを胸に、散って行った兵士の魂を、熱い鉄で表現し話題を呼んでいる武田さん。そんな方とはツユ知らず、工房にお邪魔して作品をちゃっかりいただいっちゃった事がありましたっけ。この際『お宝鑑定団』に出してみようかなと、どこまでも図々しいヤツであった。

大学生の頃に身を投じたベトナム反戦運動から、ずっとベトナムの発展を願い、とうとう今年6月にはベトナム人技術者を養成する専門学校を、首都ハノイ市に開校させてしまった阿部さん。そんな方とはツユ知らず、成り行きで土下座をさせてしまう寸前まで行ったことがありましたっけ。

そしてもう1人。若者では青年海外協力隊員として、現在バングラデシュの地で活動するヨッちゃん。ノーベル賞受賞者を次々と輩出している大学を優秀な成績でご卒業され、某新聞社に優秀な成績で入社し、将来を嘱望されながら、その安泰な未来をかなぐり捨てて、発展途上の国の子供達に理科を教える道を選んだ。1月8日の入所式から3月26日に全ての訓練が終わるまで、冬の駒ケ岳での研修。気候、風土、風習を学び、普段の生活では馴染みのないベンガル語を学び、ペーパーテストだけでなく、各々5分間のスピーチの試験まであったという。「東宮御所で皇太子殿下との接見。青年海外協力隊発足以来39年間ずっと続いている行事で身が引き締まる思いがしました」という真摯な言葉を残して、遥かバングラデシュへと旅立った。

任地はチッタゴン。バングラの南東部、首都から270キロ、バスで6時間行った所。先輩隊員の住居に1週間居候して2日がかりで自分の城を探し、家具をそろえた。100万都市なので、そこそこ高い建物もあり、ヨッちゃんも7階に住むことになったとか。しかし、エレベーターは無い。レディメイドのベットが無いバングラでは、木の材質選びからデザイン、そして価格交渉まで全て自分でやる。そうやってやっとこできたオーダーメイドのセミダブルベットも、エンヤラヤと人の力で運び上げなければならない。運動にはなるけれど、毎回「あとどれくらいだっけ」と見上げながら上がっています、と着任早々のメールが届いた。併せて書いてあったのが「ここでは黄色人種を差別する意識が強く、町を歩いていると『チュン・チョン・チャン』などと差別用語を言われます」。

ナニィ?! わざわざ大和の国から、バングラデシュくんだりまでボランティアの清い精神で行っている人達を差別するとな。許せん、ヨッちゃん帰ってらっしゃい。そんな所で活動する必要はありません。差別用語の意味は分からないけれど頭から湯気を立てて怒り狂う私に、ヨッちゃんは穏やかに言うのだった。「『雀が鳴いてるよ』くらいに思って無視するのが最善の策です」。

やはり、このくらい鷹揚な心根の人でなきゃボランティアなんて務まらないのでしょうねぇ。紅い布を見なくても突進してしまう私は牛よりも始末に悪く、ボランティアなんて無理無理。それに「TVは国営放送1局しかありません」。元祖テレビっ子の私には絶対に無理。「でも大丈夫ですよ。有線放送があってチャンネル数は50、その中には日本のアニメ専用チャンネルもあります」。「バングラで『鉄腕アトム』『サイボーグ009』『キャプテン翼』を見られるとは思いませんでした」。ヨッちゃん、私の気質までお分かりだった。

最近の報告にはバングラの“ぜんじろう先生”になっているらしい事が書かれていた。糸電話、磁石の性質、ペットボトルと風船で気体の膨張など、日本では当たり前のような身近な実験が、かの地では教科書を読むだけでなかなか実際には行われないらしい。ヨッちゃんの一挙手一投足を生徒は皆、目を輝かせて見つめているという。そして湧き上がる歓声。ヨッちゃんの得意げな顔が目に浮かぶ。

時には日本の歌をせがまれて♪幸せなら手をたたこう ♪手をたたきましょうetc を、身振りを交えて教え、一緒に歌っているともいう。そして「ベンガル人は写真が大好きです。しかも自分が大きく写った写真がお好みです」とか。「風景写真なんて誰も欲しがりません。人物も上半身のものより、全身が写ったものがお好み。そして日本との大きな違い、写真を撮るときあまり笑いません。でも気に入った写真はA4くらいに伸ばし、ラミネート加工して飾っています」。ということで、新調した服を着て撮って欲しいと訪ねてくる人が次々現れ「何百枚焼き増ししたことやらわかりません」。バングラの地にすっかり馴染んだ頼もしいヨッちゃんが見えるようだ。

ところが、まるでついでのように「あと、この前赤痢に罹りました。何にあたったのかはわからないけれど40度の高熱と激しい下痢で2日間苦しみました。いろんな方に世話をしていただき、いまは完治しています。聞けば日本では赤痢患者は隔離され、患者が通ったところは消毒して回るとか。もう大事(おおごと)です。おお恐ろしや」。なんて報告をシラーとしてくる。こっちの方が、おお恐ろしやだ。体重も1年で7キロ減ったとか。

皆様、本当にご苦労様。皆様のご活躍を見上げながら、1人ぐらいはヒトサマのお役に立てない奴が居てもOKかなぁ、なんて思っちゃう私がいます。あの偉大なる作詞家、星野哲郎さんもお書きです。♪ひとりぐらいはこういう馬鹿がいなきゃ世間の目はさめぬ〜 世間の目を覚まして、私はシエスタといきましょう。