「遺失物法により遺失者は、拾得者に対して遺失物件の価格の100分の5以上100分の20以内のお礼をしていただくことになっています」

「拾得者にお礼をし、拾得者の持っている預かり書を受け取ってからおいで下さい」

財布を落とした翌々日の郵便受けに、差出人に警視庁大崎警察署(会計)の印刷のある拾得物受理通知書なる浅黄色のハガキが入っていた。

財布を落とした時の情景が、まざまざと浮かぶ。会社の帰りがけに通り抜けるOAZOの店で、半値になっていた靴下を2足購入。最寄駅と直結の東急ストアで、安売りをしていた靴を2足購入。明日、遊びに来てくれる友達と自分のために駅前の洋菓子店コージーコーナーでケーキを4個購入。そのうち2個のシュークリームは10%引きだった。その結果、両手に紙袋3ツ、会社に通う時に持っているハンドバッグと本や新聞を入れているトートバッグがぶら下がっていた。

そこで一通り買い物が終わった時、レシートと小銭を手に、「エイヤッ」と財布をトートバッグに投げ込んだ。そう、バッグにしまったというよりも投げ込んだという感覚だった。ところが、財布はバッグの中には納まらず、どうやらバッグと紙袋の間に転がり落ちてしまったらしい。ほんの少し歩いて、虫の知らせ。手を突っ込んでまさぐってみたが、ハンドバッグにもトートバッグにも財布の陰も形もありゃしない。一応、財布を投げた辺りをグルッと回ってもみたが、無駄むだ。あーあ、やっちゃったよ。そうか「安物買いの銭失い」の真の意味はこういうことだったのか。

幸いなことに、クレジットカードの類は安売りの靴を買った時に使った東急カード1枚だけ、あとはドラッグストアKマートと、スーパー・ポポロッカのポイントカード、それとかかりつけの整骨院の診察券が入っていただけだ。現金は1万円札が1枚と小銭少々。そして財布は大井町のダイソーで買った100、いや105円也。

東急カードは止めてもらうべく即、電話でお手続き。「警察にお届けの際には、東急カードの件をお話し下さいね」とカードの担当者に言われるまで、警察に届けるなんてこと頭に浮かびもしなかった。だって戻ってくるわけないじゃない。そうか私はやはり関東人だったのだ。以前、テレビ番組で、関東人と関西人の気質の違いをやっていた。信号の守り具合、クラクションの鳴らし方、エスカレーターの昇り方などの対比と一緒に、拾得物に関してもやっていた。拾得物に対して落とし主の名乗り出る数が、関東では半数以下なのだが、関西では拾得物の倍数の申し出があるんだそうだ。関西のエネルギーを垣間見た気がしたものだ。

東急の人に言われたし、駅のそばには交番もあるしで、会社の帰りに届けようと思いながら近づくと、お巡りさんは電話中。(明日でいいや)なんて思いながら帰ったら拾得物受理通知書が届いていたのだった。世の中には奇特な方もいらっしゃるものだ、やれ有難いと思いながらハガキを読んでいたのだが、だんだんムカムカしてきた。

財布を拾って届けてくれた方には、お礼をするに決まっている。もし、現金を辞退されたらお茶菓子に靴下くらい添えてお渡ししようなどと、自分なりに感謝の表し方をあれこれ模索する。ところがどうよ、コレコレの額のお礼をして拾得者から預かり書を受け取ってから警察署へ来い?! しかもその額は価格の100分の5以上100分の20以内だと。5%以上で2割以下とか分かりやすく書いたらドーヨ。お礼というのは強要するものではないはず。しかも、その預かり書をもって来いという期限がハガキが届いてから10日しかない。そしてなんと、取り扱い時間が平日の8時30分〜午後5時15分ときたもんだ。カッコで括られた中には土曜日、日曜日、祝日、年末年始は休みですと明記されている。マットウな労働者や学生諸君は落し物をして、運よく届けていただけたとしても、とても、とても受け取りに行ける時間ではないではないか。郵政民営化の後は断然、警察の民営化だな。

私は貴重な有給休暇をとって大崎警察まで出かけて行った。予め、電話で御礼を述べ、ご都合を伺った拾い主の鈴木某氏は預かり書を持って一緒に出頭してくれると言う。鈴木氏は、私の在所近辺で働く人だったから昼休みを割いていただくことも出来たけれど「たまたま旅先で拾いました」なんて人だったらどうするのでしょう。兎に角、考えれば考えるほどに考えてしまう。

当日、約束の時間より10分早く私は警視庁大崎警察署の前に着いた。正面玄関の前で警棒を持って仁王立ちしている警官と睨めっこして待っていたのだが、鈴木氏はなかなか姿を現さない。電話を入れると。大崎警察署ではなくJR大崎駅前交番の前で待っていると言う。文句を言えた義理ではないが「おいおい、ちゃんと確認しろよぉ」。

ところで、個人情報が煩く言われている昨今、私の住所はどうやって調べたのかを担当の人にたずねてみると、1枚だけ入っていた東急のカード会社に問い合わせたとのこと。警察だと言えばカード会社で住所を教えるのかぁ。これまた文句を言えた義理ではないが、なんか釈然としないのよねぇ。私に届いたハガキには拾って下さった鈴木氏の住所も電話番号も記入されていた。預かり書をもらうには当然、鈴木氏の連絡先が必要なのだが、落とし主が警察に出頭してこれこれをお礼にお渡し下さいと「御礼」とか「寸志」とかの封筒を預け、それを警察が善意の拾い主に渡せば善意の拾い主の個人情報は漏れないはずだがどんなもんでしょう。地方の児童がお年寄りに暑中見舞いを出す慣わしを、個人情報保護法が足かせになって取りやめたなどというニュースを耳にしたが、何が法で何が情なんだか。

お蔭様で、投げ落としてしまった財布は無事に私に戻ってきてくれた。でもね、係りのおじさんは二言目には言ったのです「奥さん、奥さん」って。今度は誰か、私を拾ってぇ。

そうそう、鈴木さんへは、身も心も太っ腹のエセ奥さん故、上限の100分の20である2000円と東京駅大丸にて正価で買った靴下2足を添えて心より御礼申し上げたのでした。