たまには高尚な物で目を養いましょう。

弊社労働組合の書記さんから、三井記念美術館開館記念特別展『美の伝統三井家伝世の名宝』なる、能面が恭しく印刷されたチケットをいただいた。何しろ社員食堂にすら一人ではいけない姫体質。一緒に行ってくれる人を探さないことには、三井家のお宝を見ることすらできない。頭に浮かんだ犠牲者はかおりちゃんだ。三井美術館がある日本橋にお住まいのかおりちゃん「お散歩がてら出て来ない?」と聞けば、否とは言えまい。

立冬は過ぎたものの暖かい土曜の午後…と、思ったら甘かった。お江戸に木枯らし1号が吹きました。でも、都営浅草線の日本橋で降り、地下通路をズズッと行けば、風に吹かれず約束のコレドに行ける。高島屋も同じようにして行けるのだが、まだ足を踏み入れたことのないコレド、一度覗いて見たかった。ちょっと前の東急、そしてその前は火事で有名になってしまった白木屋の跡地らしいのだが、方向音痴の私にはドッチを向いて建っているのかすら分からない。道路を挟んでカレー屋があるということだけは発見したのだが。

お互いに、いにしえのテレビ番組『11PM』で浅丘雪路が口癖にしていた“朝まるで弱い”独り暮らしOLゆえ、約束の時間は「午後にしてね」「当たり前よぉ」の会話で、午後の2時半。しかも、そんな時間でも二人ともまっとうに食事をしていない。会うなり「どうする食べる?」「軽く食べたい」。で、地下のスープ・バーへ。パンプキンとトマトのスープ、それとゴマの練りこまれたパンで、遅い朝・昼・ブランチを兼ねて体を温める。近況報告と腹ごしらえが出来た所で地上に出て、目指すは三井記念美術館。

「シャトルバスが15分おきに出ているらしいから、その停留所を探しながら行きましょう」との、かおりちゃんの提案にソロリソロリと歩き出す。ビルにはイルミネーションが取り付けられ、林檎が飾られた大きなツリーも登場し、街はもうすっかりクリスマスモードだ。三越のライオン君は、首から“火の用心”を呼びかける大きなメダルをかけてお馴染みの台座に鎮座している。季節は間違いなく寒い冬へと移っているのねぇ、などと思いながら、ニッポンコクの道路元標を横目に、お江戸は日本橋に居ることを実感しながら歩いていくと、シャトルバスの停留所を見つけるより先に、荘厳な構えの三井記念美術館入り口が現れた。

同じようなことが、ちょっと前にもあったっけ。場所は新橋。リカコと汐留のビルに入っている甘味屋さんへ行こうということになり“ゆりかもめ”に乗ろうと、新橋からテクテクと歩きだしたら、ゆりかもめのホームを見つけるより先に汐留に着いてしまっていたのだ。お目当ての甘味屋さんは長蛇の列で入るのは諦めた。そして、仕方なく店の前で販売している抹茶ソフトを食べてお茶を濁したのだった。ほら抹茶だけに…って、サブ。

今回の三井美術館も、名宝を近くで見るのが難しいくらいの人だかりだった。出品数も130点以上と多く、内容も陶磁器、漆器、書、面、絵画、刀剣等多岐に渡っていた。漆器には印籠や、飾り棚などのミニチュアまであった。書には、中身はさっぱり読めないが行を変えた書き出しには日付らしきものがあるので日記だろうと思われるものも。それらには国宝や重要文化財に指定されている物もゴロゴロある。その上、茶室まで再現されていた。

見学者には、年配の方の占める割合がとても大きかった。それを考慮してか椅子があっちこっちに据えられている。お蔭様で若い二人もあっちを見てはお座り、こっちを覗いてはお座りと優雅な時を送ることができた。

杖をついている方まで、けっこうおられ、その熱心な見学ぶりには驚かされた。それに比べて二人組の会話といったら「皆、自分でチケット買って来てるのかしらねぇ」「私、貰ったチケットでしか見たことない」とか「これさぁ『何でも鑑定団』に出したらいくらくらいになるかしらね」などと、目を皿のようにして有難く展示品を拝見している老老男女の耳に入ったらドヤされそうなことばかりだ。

できたばかりの日本橋三井タワー、まだマンダリン・オリエンタル東京なる世界に冠たるホテルはオープンしていなかったが入場できる範囲の、壁もエレベーターもトイレも木の温もりを感じさせる設えになっていた。泊まることは、まず無いけれどきっとホテルも居心地の良い空間になるのだろうなぁ。

熱心な来場者の皆さんにドヤされないうちに三井記念美術館を後にして、さてこんな二人の目指す場所と言ったらティールーム、今度はお茶とケーキでお喋りだ。先ほどの熱心な方々なら、お茶をしながら、今見て来た名宝の話で盛り上がるのだろうけど、悲しいかな二人の頭の中には美術館を出た時点で、三井家も名宝も綺麗さっぱり消え果てているのだった。だから、話題は専ら仕事の愚痴、上司の不平不満、最近見たテレビの話と、三井家の“み”の字も出やしない。

同じようなことが、ちょっと前にもあったっけ。あれはウエダと試写会を観に行った帰りだった。映画は『バットマン・ビギンズ』。最近、大スクリーンに展開されるアクション映画は、すっかり苦手になってしまい、渋る私に「息子からもらったチケットだからさぁ、無駄にしたらもう二度と声をかけてくれなくなっちゃうわよ。お願いだから一緒に行って」とウエダは食い下がって来た。仕方なく雨の中、新宿は厚生年金ホールに足を運んだのだった。渡辺謙がハリウッド映画に登場という話題の映画だ。バットマンの誕生の秘密が分かるという、バットマンフリークにはたまらない映画だろう。見ている時はそれなりに興奮もしたが、こちらもホールを出たらおしまい。ファースト・フード店に入って、ハンバーガーを齧っている頃には『バットマン』の“バ”の字も渡辺謙の“わ”の字も二人揃って霧の彼方だった。

折にふれ、チケットを下さる皆さん、有効活用できないで御免なさい。でも、どうか諦めないで種をまき続けて下さいませね。いつかは大きな実がなるやも知れませんから。