義士祭

「良心に従い、嘘偽りを述べず、何事も付け加えないことを誓います。12月14日」。

現在、大変な騒動になっている耐震強度偽装問題の証人喚問をテレビで見ていて、今日が赤穂浪士の討ち入りの日だったということに気がついた。三波春夫が朗々と語った「時は元禄15年12月14日」というやつだ。

泉岳寺は我がマンションの最寄り駅から都営地下鉄でたったの二駅。天気は良いし、ブラリと出かけて四十七士の墓前にお線香を供えて来ようと思い立った。日付に気付いて思い立ったのは証人喚問が始まった午前9時半過ぎだったのだが、なにしろご存知の通りのぐうたらさん。チンタラと掃除・洗濯をして、軽食だぁ、顔を作りましょうなんてやっていると気になるテレビも始まって、家を出たのは午後の2時を過ぎていた。

都営浅草線のホームに降りると「お待ちしていました。どうぞお乗り下さい」と言わんばかりのタイミングで、紅い車両が滑り込んで来た。なんか幸先が良さそうだ。車内もガラガラ、ゆったりと座ることができた。高輪まではアッと言う間、ところが高輪〜泉岳寺が意外と長い。「次は泉岳寺、泉岳寺」のアナウンスに立ち上がらなくて良かった。泉岳寺の改札を出て驚いた。ここは巣鴨かと思うくらいにお年寄りのオンパレード。リュックを背負って、スニーカーを履いて、同じような帽子を被って「老いらく元気に歩こう会」とでも名付けたくなるようなグループもアッチ・コッチに集まっている。そんな方々に混じって、目指すは303年前に、本懐成就を遂げた義士が眠る泉岳寺。俵星玄蕃ではないけれど「行かねばならぬ、行かねばならぬぅ」。

実は泉岳寺に詣でたのは今回で二度目だ。最初は4年前。義士祭の一環、12月14日に近い日曜日だった。境内での催し物に、今は九州で幸せな奥さんをやっている友達と参加した。初めて見た、弁士がついた無声映画は所々、雨が降っているように、線の入った白黒の、もちろん『赤穂浪士』。長谷川一夫や東千代之介といった往年の大スターが、まだまだ最後の方に名を連ねていた。義士にまつわるクイズでは、隣にいた優しいお兄さんに答えを教えいただいたお陰で東京観光テレホンカードになった“泉岳寺”をゲット。講談師の神田翠さんの迫力ある語りを、俄かに張られたテントの中で堪能することもできた。日曜と言っても、浅野内匠頭長矩から始まり四十七柱(本当は四十六?)に、ゆっくりお線香を手向けることができた。ところが、さすがに記念日は強い。お墓までなんぞ、とてもとてもいけたものではない。はるかに続く列をみて頭(カシラ)右。とっとと退散いたしました。

山門を出ると、道路が賑わっている。警察官が「お寺に続く道の中央は空けて下さい」と、メガホンを片手に叫んでいる。つい先ほどまで甘酒の紙コップや、団子の串、焼き蕎麦の箸などを捨てるために、道のど真ん中に置かれていたゴミ箱もどけられた。どうやら義士に扮した人たちの列が、今まさに主君の墓に到着しつつあるらしい。そばに居たご高齢のご夫妻に「もうすぐなのでしょうか?」と聞いたらご主人が「さっき3時つってたから、もぉおっつけくるだろよ」と威勢よく「てやんでぇ江戸っ子だい」てな調子で教えてくれた。おお、これは慣れた人だなと思い「毎年いらしてるんですか?」と重ねてたずねると「初めて、初めて」とのこと。そんな会話をしていると「ドン・ドン」と太鼓の音。「オッ、来なすったぁ」と、どこまでも江戸っ子のご主人だ。

大石内蔵助を先頭に、映画やテレビでお馴染みの装束に身を包んだ四十七士が目の前を通り過ぎて行く。大石から後ろに2人目の義士は一体誰だろう、かついだ槍のその切っ先には吉良の首に見立てた白い包みが下がっている。

「みんなハンサムねぇ、背も高くて素敵だわぁ。誰が選ぶんでしょうねぇ」。先ほどのご夫婦の奥さんが、ハートのお目目でおっしゃった。私も同感、装束が助けているのか、どの義士もカッコイイ。ただ、ご主人は奥さんのそんな様子が面白くないらしく、それには答えずに「髷を結ってるのが一人もいねぇじゃねぇか」と文句を言っていた。正にその時、目の前を自前でポニーテールにしている義士が通り過ぎた。47人も居れば1人くらいはご要望に応えられる人がいるようだ。

義士達が、殿の眠る泉岳寺の門をくぐるのをみとどけて私は都営浅草線、泉岳寺の駅を目指す。途中には甘酒や、忠臣蔵饅頭、だいがく芋の出店と並んで年賀状の出店(?)まであった。帰ってから郵便局まで買いに行くつもりでいたのでラッキー。そこに、先ほどのご夫妻、登場。アッと言う間に年賀状購入のための、ちょっとした列ができた。郵政民営化のさきがけでしょうかね。

泉岳寺の改札の前、こちらにはパスネットの臨時販売所が出来ていた。どちらにしても使うものだからと、大石主税の浮世絵風のと蕎麦屋に集まった義士達の図柄のを1枚ずつ購入した。すると「お買い上げありがとうございました。今日はこちらを」と、オマケが付いて来た。地下鉄の路線図がプリントされた、公園などで敷けるシート、地下鉄車両が表紙のA4判のノート、そしてやはり路線図が印刷された筒型のケースに入った6色の色鉛筆。オマケのオマケにティッシュも入っていた。

思いもかけずに義士の行列を見ることができたし、チャーミングなご夫妻とお喋りすることも出来たし、オマケもあったし、なんか、とっても幸せな気分になった“初めての独りでのお外”となった。

ただ、たった一つ残念だったのは出かける前にセットしたはずのビデオが作動しておらず、帰ってから見ようと思っていた『古畑任三郎』の再放送が見られなかったことだ。どうやら、日付を間違えてセットしていたのだった。今日は12月14日だってばぁ。