知り合いの“鉄の芸術家”武田氏が、新聞やテレビにも取り上げられ話題となった個展の作品を、写真集として出版した。そして、つい先日その写真集が墨痕鮮やかなサインつきで届いた。もちろん一枚の鉄の板から鬼気迫る兵士や、柔らかな母体まで作り上げるその作品は大好きだが、私は武田さんの性格が現れた、大らで躍動感のある文字のファンでもある。だから、迫力ある写真集にサインの入った『フォト絵本・戦死者たちからのメッセージ』はサインがあることで私にとっては倍の価値がある。そう言えば、梁塵社の編集長殿の字も好きだ。しかし、こちらはいくら頼んでも自著に決してサインなぞしてくれないシャイなお方だが。

航空機事故で他界された向田邦子さんの本に、中川一政氏の字が好きで頼み込んで弟子にしてもらったという話があった。残念ながら向田さんは、とっかかりの『一』までしか免許皆伝をもらうことができなかったらしい。みみずがのたくった上に身もだえしているような文字しか書けない私は、最初から武田さんにも編集長にも弟子入りする気はもうとうなく、時々いただくお葉書などを「いい字だぁ」と眺めては惚れ惚れとしている。

私が初めてサインなるものをヒトサマからもらったのは、小学6年生の時だった。修学旅行で行った箱根でのこと、芦ノ湖の遊覧船から降りた所で紅毛碧眼の熟年カップルを発見した。そう、当時では珍しい外国人のご夫妻だったのだ。そのご夫妻にサインをもらおうと思い立ち、担当の先生にNHKの『とっさの一言』ならぬ、その場の一言を教えてもらった。そして思い切ってご夫妻に「サインを下さい」と英語で言うと、ご主人がビックリして眼の色を変えながらも(?)喜んで応じてくれた。側でブロンドの巻き毛の奥さんが、私の頬を両手で包み「あなたはなんて可愛いの、なんて賢いの、なんて素晴らしいの」ってなことを英語で興奮しながら言っていた、と思う。まさに、テレビで見るアメリカのホームドラマに出てくるようなご夫妻のオーバーリアクションだった。その様子を見て、次から次から現れる小学6年生の「サインしてぇ」の声に包まれ、ご夫妻はテレながらも嬉しそうだった。

当時(相当遡りますが何年前かは教えない)揃って海外旅行をされるだけの余裕のあるご夫妻ではあっただろうけど、お国では誰も振り向かない一般ピープルだったはず。ちょっとしたスター気分を味わって、きっと日本に好印象を持ってくれたものと思う。先日、名古屋での“愛・地球博”を取り上げた番組内で「1970年に開催された大阪万博では、まだ珍しい外国人にサインをせがむ日本人が後を絶たなかった」なんて、その様を映した懐かしのビデオを流していたが、正にそれの火付け役だったのかしらん。それにしても、のどかな良い時代だったなぁ。

芸能人のサイン第一号は、レコード大賞第一号歌手の故水原弘さんだ。TBSに勤めていた近所のお姉さんが、小学生だった私と弟をスタジオ見学に連れて行ってくれた。現在の、お台場のフジテレビや渋谷のNHKの一般見学コースとは違い“関係者以外立ち入り禁止”のような所を、関係者のお知り合い待遇で引き連れてもらったのだ。そりゃぁもぉ興味深々で、あっちのスタジオこっちのスタジオと見学させてもらった。そんな中に、今はどこぞの大学で教鞭をとっている鷲津名津江さん、小鳩くるみちゃんの姿もあった。多分『知恵の輪クラブ』の収録だったのだと思う。本番中だったのでかなり離れたところから覗いていたのだが、くるみちゃんの周りは子供心にも華やいで見えた。あれがオーラというものだったのだろう。

さてさて、ちょっと一休み。自販機の置かれた休憩コーナーで、まだ珍しかった自販機自体にも驚きながら、お姉さんの買ってくれたジュースを飲んでいると、見覚えのある顔が横に座った。(あっ、水原弘だぁ)。おずおずとサイン帳を取り出し、サインを申し込む小学生に「俺なんて知らないんじゃないのぉ」と、ちょっとふて腐れた言い方をしながらも丁寧にサインをしてくれた。その直ぐ後だった ♪君こそわが命 で、長い低迷期から大輪の花として返り咲き、レコード大賞歌唱賞を受賞したのは。私って、もしかして幸運を運ぶ女神様?!

その同じ日にサインをもらえたのは髪を7:3に分け、まだ男性だった(?)美川憲一、落語家というより“怒りの小金治”と、ワイドショーの司会でお馴染みになった桂小金治、そしてもう一人の女性歌手。この女性歌手、どうしても名前が思い出せない。“色っぽい”という言葉を小学生ながらに理解させてもらった人だった。抜けるように白い肌、漂う甘い香り、そして見つめられたら鼻の下を伸ばした男性でなくても、何でも言うことを聞いてしまいたくなるような微笑んだ目元。ああ、誰だったのだろう。サイン帳の行方も分からない今となっては、あの微笑みを思い出すだけだ。せっかく、なんでも吸収できる年頃に目の当たりにしていながら、色っぽい微笑みはその主の名前も思い出せないのと同じく体得できずに今に至ってしまった。残念。

その後、もらったサインというと…野球選手のがありました。ご存知のように(誰が知ってるかって?)、私は北海道日本ハムファイターズのファンである。中でもお気に入りは奈良原選手だ。新庄でも、小笠原でもない辺りが渋いでしょ。そんな私に、たまたま知り合った広報の方が「奈良原選手のサイン入り手袋です」って球場で紙袋を手渡してくれた。嬉しかったですよぉ。そこで頭に浮かんだのは、まっさらの手袋に書かれたマジックでのサイン。「惠子さんへ、愛を込めて」なんて書いてあったらどうしようなんて思いながら袋を開けてみると、どーよ。手袋は使いふるしだし、手書きのサインも見当たらない。なんなのさぁ。でも、よく見たら、手袋のマジックテープで止める甲の部分にオレンジ色の糸でNaraharaと刺繍がされていた。「使いふるし?」いえいえ、プレーで汗の染み込んだ手袋、どうやらこれこそがファンにとっては垂涎物。私もファンのはしくれではあるが、まだまだ新参者ゆえ価値が周りの熟練野球ファンに言われるまで分かりませんでした。良かった、洗ったり拭いたりする前に分かって。

皆さん、何かお宝を下さるときには、その価値を説明してからにして下さいね。それから、私のサインがほしい人は一列に並んでね。