わがママで我侭のトラうさぎが大変だ。

お腹にシコリがあると言う。春のお彼岸が近い晩、実家に電話を入れると「心配させちゃいけないから、結果が出てから言おうと思ったんだけど…」と、普段よりかなり低いトーンで母が話し出した。「前から気になってたじゃないサ」って、こちらは全く聞いてなかったが、10年以上も前から腿の付け根辺りにシコリがあり、そこが時々「シーンとする」んだそうだ。「しくしく?」「ううん」。「鈍痛?」「ううん」。「シーンとする」のだそうだ。

兎に角、そんな状態で放っておいたシコリが、最近急に気になりだしたらしい。そこで実家の近くの病院へ行ってみたところ、専門外なのでと紹介状を渡され、お江戸の大学病院に行くように薦められたと言う。お江戸在住のこの私、お江戸の病院と聞いた日にゃぁ豚弟や義妹にばかりに任せておくのは、長子根性が許さない。「じゃぁ私が連れて行くよ、いつ?」と聞くと「明日」との返事。「あしたぁ?」こりゃ又急なことで。でも、他の事とは違うのだから当日の電話連絡でも会社は休ませてくれるだろう。「本当は20日の予約なんだけど、その日はお彼岸だし、明日なら清子さんが行ってくれるって言うから、明日2人で行って来るよ」。予約した日に行くべきだとは思ったものの、本人が明日と言い、義妹が連れていくというのなら、ここで天使の義姉が口出しして「姉姑の鬼千匹」と言われるのは本意ではない。おとなしく、結果が出るのを待ちましょう。

ところが翌日の早朝、枕元に置いておいた携帯電話が賑やかに鳴り出した。出るなり「20日なら休める?」。いっくら母娘でも早朝にたたき起こしたら「前略」くらいつけなさい。「やっぱり、予約した日に行った方がいいよね。昨日、一晩寝ないで考えちゃったよ」。だからって早朝に叩き起こすんじゃない。しかし、ここは了解するしかありません。出社早々、トイメンの上司に休日願いを口頭ですると「今日は随分と早い出社でしたね」と言われた。はいはい、起床ラッパに起こされてそのまま出社して参りました。

さて、有給休暇が取れたからと20日にお江戸で母が来るのを待って病院に連れて行けばそれで良い、はずはなく、18日の土曜日に義妹にお義理でも「この度はお世話をかけています」と手土産なんぞを持って実家に帰る。その夜は母から今までの経緯をレクチャーされ、翌日はお彼岸でもありますので父の墓前に額づいて「煩くてしょうがないでしょうから、まだトラうさぎを迎えに来ないように」と、念を入れる。父も「こっちに来て、やっと静かに暮らしているのだから、誰が呼ぶか」と、苦笑しながら答えた気がする。 その足で最寄の駅に行き、いざお江戸へと思ったら「強風のためJRは上下線とも運転を見合わせております」。では、おあつらえ向きに18日に線が延びて始発となった半蔵門線直通という東武鉄道に乗ってみますか。やはり始発は快適です。ホームの吹きっさらしで震えて待っていなくて良い。暖かい車両に入り好きな場所に座れます。

さて翌朝はいよいよ、お江戸の大学病院詣で。新宿駅から、その名も大江戸線に乗り換えてと時刻表も地図もしっかりチェック。ところが、新宿駅に着くなり「規定料金で行けるからタクシーで行こうヨ」と、トラうさぎはのたまう。どこで調べたのかなと思いながらも、お初の場所故、タクシーで行く方が楽に決まっているから仰せの通りにする。けれども、どこが規定料金だ。1960円也を支払わせられ、挙句に病院と目と鼻の先にある地下鉄大江戸線の駅を見つけては「こんなに近くに地下鉄の駅があったのに、もったいない」のお言葉を頂戴したのだった。取敢えずは病人予備軍であるから、今日のところは黙っていよう。

さて、受付を済ませ待合室の椅子で待つことしばし。「トイレ行ってくるから」って、予約の時間だよぉ。やっぱり呼ばれてしまった。2人分の荷物を持って慌てている所にトラうさぎが余裕で帰って来る。「案外、早かったね」。

指示された診療室に入ると、気の良さそうなお兄ちゃん医師が「どうしたのかな?」と気さくに聞いてくる。母の説明はアッチに行ったりコッチに来たりとらちが明かない。私がシコリの話をすると「どの辺かなぁ」と触診がはじまるが、あまりに分厚い肉襦袢にお兄ちゃん医師もびっくり「これは脂肪だよね、アレこっちも脂肪だ。あ、これかな?」。やはり、普段から節制は必要なようだ。やっとこ母の気にしているシコリに行き当たったが「これは持ってきてもらったCTだけでは分からないからレントゲンを撮ってきてね」と言われ退室。レントゲンの受付をして再度待機。するとトラうさぎ、又もや「トイレ」。そして又もや留守中に呼び出し。今度はレントゲン技師に「暫し待たれい」と言って、バッグだけ2ツ抱えてトイレへ向かう。鏡の前で優雅に髪を梳くトラうさぎ発見。もぉ、お願いしますよぉ。そして出てきた言葉は又もや「案外、早かったね」。

やっとこ本格的な診察だが、待合室で待つこと1時間。やっとこ呼ばれて入った診察室には、先ほどのお兄ちゃん先生より大分年輩と見受けられる医師がドッシリと座っていた。しかし、「残念乍ら専門医が辞めてしまいまして、今はこの病院では診られない分野のようです。紹介状はどの病院へでも書きますから考えてみて下さい」だって。ああ、わざわざお江戸まで上がって来たのに、母のシコリは門前払いの憂き目となってしまった。「即入院とか即手術と言われなかったんだから、どうってこと無いシコリなのよ」と言う娘の言葉が慰めになったかなぁ。

しかし、病院前の地下鉄から御徒町に行けるということが分かると「御徒町ならアメ横でしょ」「アメ横なんて何年行ってないかねぇ」と、即出発。アメ横に着いた途端、生鮮食品の安さに気を取られ、すっかり先ほどのショックは癒えてしまったらしい。「大学病院にまで見放されたら、どしたらいいのよ」なんてしょ気ていたのは何分前?「干し芋、1袋250円を3袋で500円」から始まり、干し海老、烏賊の口、裂きイカ、ひまわりの種、アーモンド…1袋500円を3袋で1000円なんて言われると片っ端から買いまくる。「果物は要らない?」って、とんでもないことで御座います。もう、これ以上は抱えられません。それにしても、シコリだかなんだか知らないけれどトラうさぎ恐るべし。絶対に貴女の方が、娘の私より長生きしますって。