今年の桜は早かった。こんな季節になると、可愛い息子(?)の卒業式を思い出す。

数年前の2月、息子の母親(???)が電話をかけてきた「惠子ちゃん、宗彦の卒業式に貴女も行く? 宗彦が総代で答辞を読むのよ」。このお誘いに、育ての母を自認する私は二つ返事で「行かいでかぁ」。私が育てた息子故、小・中・高と卒業式ではずっと総代を務めて来た。しかし、この度は最後のお勤め、やっぱりその姿を見てみたい。

式の前日、産みの親と自称育ての母は新幹線に並んで座り、一路京都へと向かった。車内では、独りの“おとこ”を巡って火花が散った。などということはなく宗彦の思い出話で盛り上がり、初めての二人旅とは思えないくらい楽しい時間を過ごすことが出来た。

お互いに超ド級に久しぶりの京都。着いたとたん、あまりに様変わりした京都駅にビックリ。近代的、かつ斬新な建物。黒御影石の塊のような駅に設置されたエスカレーターの数、一体何基あるのだろう。そのうちの1ツで下ってみると、目の前に手塚治虫の博物館を発見。その名も『KYOTO手塚治虫ワールド』。何にでも興味をもつところは二人の母親に共通した点らしく目と目で合図して即、入場。アニメシアターでは“火の鳥”が案内役となり、アトムやジャングル大帝レオ、リボンの騎士が活躍する物語が繰り広げられる。最後には天をも劈くような雷鳴が轟き、目の前に雨が降る。もう二人とも大興奮だ。古都京都の旅は、驚きと興奮で幕が上がった。

シアターを出るなり、産みの親はズンズンとどこかを目指して進んで行く。おとなしく従うと、観光バスのコーナーだ。どうやら予約を入れてくれていたらしい。乗車するのは『春の京都・ゴールデンコース』。ゴールデンでおます。いやはや、どないでっしゃろ。

まずは日本庭園を見て、会席料理を楽しむんだとか。バスが着いたのは、着物メーカー“しょうざん”が開いた、鷹峰三山を借景に1000本もの楓や梅を楽しむことができる、なんと11万平方メートルの広大な日本庭園。残念乍ら冷たい小雨が降り始め、早々に敷地内の食事処へ退散。庭園散策の時間も併せて、ゆったりと京懐石に舌鼓を打つことができた。よろしおしたなぁ。その後は隅に設けられたコーナーで、産みの親と育ての母、各々が己の母親のお土産にと、縮緬で作った小物や京都のお漬物を購入。最初からこれでは、先々、荷物がどれくらい増えるやら。

次にバスが向かう八坂会館では、京都市観光協会の主催で茶道、琴、華道、雅楽、狂言、京舞、文楽が楽しめるという。し、しかしどうやったら先ほどの食事時間そして移動時間まで含めて4時間のコース内で、これらの古典芸能が楽しめるのだろうか。

はははのは、笑っちゃうほどお見事としか言いようがありませんでした。狂言は茂山宗彦、逸平というテレビでもお馴染みのご兄弟が出演し、時間をかけての舞台だったが、他の出し物は、ほんのさわりだけ。衣装でなるほどと思わされた気がした。何よりも驚いたのは、狭い舞台上で琴を弾いている人の横にお花を生けている人がおり、そのまたお隣には、お茶を立てている人がいるという図だ。茶の間でお母さんがアイロンを掛けている横で、娘がコーヒーを入れ、息子がギターをかき鳴らしてるようなものだ。なるほど確かに見ました、茶道も華道も雅楽も狂言も文楽も、京舞も。そして聞きましたお琴も雅楽も。でもなぁせっかくの京都、盛り沢山でなくて良いから、1つの芸能をじっくりと拝見、拝聴したかった思いが残る。このコースは外国人に人気があるらしく、日本人の乗客より人数が多いくらいだった。どんな印象を持って日本を離れることになるのだろう、ちと心配どす。

さて翌日は、いよいよ息子の晴れの舞台。早めに大学の講堂に行くと、いましたいました、ビシッと濃紺のスーツに身をつつんだ我等が息子が。まぁ立派に育ってくれたものよねぇ、母は涙を禁じえません。いよいよ式次第が始まりました。なのに何なのよぉ、来賓の挨拶が続く中を、卒業生達がダラダラと入場してくる。緊張の様子も悪びれた様子も全く無い。呆れながら見ていたが、どうにか大詰めである答辞の時には、やっとこ場内の出入りも無くなりザワメキも落ち着いた。この事を、かの大学の先輩にあたる“京おんな”は美里さんに報告すると「そんなん校風やでぇ」とのお答え。「そか、後輩達も校風をしっかり守っているんやなぁ」。ほんまかいな。

「答辞、二人の母をもつ宗彦くん」と、式の進行役に名指され息子は段上に。仰々しく松の盆栽の置かれた講演の台(?)を挟んで立っている学長に向かい、おもむろに内ポケットから答辞の書かれた用紙を取り出すと、朗々と読みあげ出した。今回のオリンピックで、アスリートの親御さんが「自分の子供だとは思えません」と、涙ながらにインタビューに答えていたが、まさにそんな気分だ(元から違うって)。でも見て見て、あの堂々とした青年は、この私が育てた自慢の息子よ。さすがに一字一句、間違えることも滞ることも無く、息子は最後まで読み上げた。母は感激で胸がいっぱいです。(ここで学長に一礼して大役は終わり)と思った途端に、な、なにをする?! 息子は学長の首をむんずと掴み、自分の顔の横に学長の顔を引き寄せた。そしてポケットに忍ばせておいた使い捨てカメラで、学長と自分の2ショットをカッシャッと激写。そして「これが、融合の体現です」と一言。あっけにとられている学長と握手をすると、颯爽と舞台を下りた。二人の母は冷や汗ものだったが、学生からはヤンヤの喝采。どうやら学長の祝辞の中に、やたら盛り込まれていた“融合”という言葉を使って揶揄したらしい。それが大うけするのも、学長が拍手で見送ってくれるのも校風でしょうか。

しかし、あの度胸。私の姿が見えないと、ピーピー泣いて探していた頃の面影は今、何処。「親は無くとも子は育つ」。ン「母親二人でも子は育つ」。イヤ「親はこうでも子は育つ」かな。それに引き換え、育ての親は育たなかったなぁ。