英語が苦手だ。「犬が星を見ているよう」という形容が当たるくらい、横文字がさっぱり分からない。ところが、なぜか外国人に道を尋ねられることが多い。それも、何人もの人をやり過ごして「貴女を待っていました」と言わんばかりに近づいて来て英語でまくしたてる。目指す場所は日本名なので聞き取れるし、その道程も分かるのだが、その伝え方が分からない。結局、語尾も明瞭な日本語で手振りを交え「ここを真っ直ぐ行きまして、信号を右に曲がり…」と、説明する。これが意外なことに通じるんだな。要は伝えようとする気迫と、このワタクシの美貌と愛嬌よ。以前、乗り合わせたJRの車中で、女子高校生と思しき金髪碧眼のグループが、つり革を伝い歩いたりしながら大声で騒いでいた。煩いったらありゃしない。周りの人達も迷惑そうにしてはいるが、誰も眉間に皺を寄せながらも見て見ぬ振り。ワタクシ、つっと立ち上がり、金髪めがけて言いました。「静かにしなさい!! 皆、迷惑してるんだから」。もちろん、ちゃんと通じましたよ。

こんな私でも1度だけ「英会話」を習おうと発起したことがある。育ての親を自称している愛息が小学生になった時、この子が英語を学ぶ前に母親(?)の威厳にかけても、しっかり英語を習得しておこうと思ったのだ。そして、たまたま外国人と遭遇したときに上手に会話ができたなら、息子の目は輝き、その瞳から読み取れるだろう“尊敬”という二文字が、なんてね。ところが、やっぱり苦手なパクチは食べられません。結局Departureという単語を覚えただけで、出航もできずに撃沈。同年齢の日本人女性講師とは勉強抜きの友達になり、今でも時々、日本語オンリーでお茶をしている。

しかし、不思議なことに私の周りには英語が堪能な人が多い。それも通訳やら翻訳までこなすというハイ・クラスな人達揃いだ。社員食堂で昼食を摂っているところに、サンドイッチの乗ったプレートを持って「ジョイントしてもイイ?」なんて聞かれると(おお、ジョイントかぁ)と、その一言で恐れ入ってしまう。そんな彼女達から聞いた話がある。美里さんは、新婚早々世田谷のマンションに住んでいた。当初は快適に過ごしていたのだが、半年ほどした時に真上の部屋の住人が変わり、とんでもない目に遭うこととなる。上の住人の立てる音が半端じゃないのだ。朝から晩まで、ガンガン・ガタガタ・ギーコギーコ!? 一体、何事かと音の正体を確認すべく上の階を尋ねてみると、なんとそこんチのガキ…いえ就学前の男の子が部屋の中で三輪車を乗り回していたのだった。三輪車は外で乗るものだという当たり前の事を美里さんは主張した。すると「ウチは海外が長かったのです。海外では庭がそれはそれは広かったのです。そこで息子には三輪車で遊ばせていたのです。日本に帰ると、思う存分三輪車をこげる庭がありません。なので部屋で乗せてあげてます。オホホ」と、のたまわったそうだ。けれども、これはどう考えても受け入れられるものではない。“ニッポンの常識”を、とくとくと言ってきかせやっとこ頭上三輪車事件は解決した。けれども数日すると美里さんの部屋のベランダに、天からコップやスプーンや玩具が降ってくるようになった。降って来るのは上からに決まっている。そして上には例の三輪車の部屋しか無い。美里さんの住んでいたマンションは段々畑のように、下の階のベランダが突き出た形式でついているので上の階の住人がベランダから物を落とせば、それは下の階のベランダが受け止める形になるのだった。美里さん、奇跡的に割れなかったコップと、スプーン、玩具を手に三輪車の部屋を訪ねた。「ウチは海外が長かったのです。海外では広い芝生の庭のある2階建ての家に住んでいたのです。2階のベランダから物を落としても芝生が優しく受け止めてくれたのです。オホホ」。人が居なかったから良かったものの、まともに頭に当たったらと思うとゾッとする。「これから、いちいちお邪魔するのは大変ですから、電話番号を教えて下さい。何かあったら即、電話をさせていただきます」。美里さんが、こう言ったのも当然だろう。すると、三輪車の母は電話番号を諳んじるのに「スリー・セヴゥン・ジェロ…ウチは海外が長かったのです。数字も自然と英語になってしまいます。オホホ」。とうとう、美里さんの堪忍袋の緒が切れた。プチン!! 「海外のドコで暮らしていたのか知らないけれど、どこの世界に子供に部屋の中で三輪車に乗って階下に迷惑をかけて良いという親がいる。ベランダから物を投げて良いと教える親がいる。なにが海外生活じゃ、おととい来やがれ!!」と、流暢なキングス・イングリッシュで捲くし立てたのだった。その時の三輪車の母の顔は「鳩が豆鉄砲を食らった、というのをしっかり見たワ」と美里さん。もはや、海外生活が自慢になった時代ではないのだよ。

細田さんは、海外旅行から帰るときに乗り合わせた飛行機で、フライトアテンダントにとても不快な思いをさせられた経験がある。「お土産を機内で買おうと思ったのよ」。ところが、ワゴンに乗っている物を外国人のスッチー(こちらの方が分かり易いです)が売ってくれないというのだ。まるで「お前の発音するところの品は無い」というような受け答えだったらしい。暫くすると、日本人のスッチーさんが現れたので○○が欲しいと伝えると、先ほどのワゴンから持って来てくれた。ところが、お話はそこで終わらなかった。ケンモホロロの外国人スッチーが、日本人スッチーに小声で文句を言うのを細田さんの耳は、キャッチしてしまったのだ。「何さ、最後の一つであれは私が友達にお土産に買って帰るつもりだったのよ」「お客様に、お渡しするのが当たり前でしょう」「だから日本人は付き合いにくいのよ」。細田さん、同胞にまで当たられてここは黙ってなんていられません。もちろん、ここんとこは先ほどと打って変わった英語の巻き舌で「ふざけたこと言ってるんじゃないわよ。あなたのようなスッチーに人間様の相手はしてほしくないわね。豚小屋の番でもしてなさい!!」。きっと、件のスッチーは眼の色を変えたことだろう。

美里さんも細田さんもカッコいいなぁ。まるで『水戸黄門』の印籠が出た時みたいだなぁ。私も1度、こんな胸のすく思いをしてみたいものだが、英語がNO婆では…。結局、行き着く先は身振りと美貌と愛嬌ね。

追伸:心ならずも婆の字を使いましたが、姫宮は永遠の25歳ですので悪しからず。