2006-05-14 日
ふくろうさん
姪の名前は千恵という。小学生のころ、名前の由来を作文にする宿題があった。祖父であるところの父に姪はその事をたずね、父はしごく当然のように「たくさんの恵みを得られるようにつけたんだよ」と答えていた。しかし、それは大間違い。何しろ、私の名前の由来を聞いた時も、私が生まれた翌年にデビューした歌手の名前にあやかったなんて、つい最近まで本気で信じていたような嘘を平然とついていた人だからねぇ。
姪の名前は伯母であるところの私と、父親であるところの弟とでつけた。それは昔飼っていた愛猫の“チー”から取ったものなのだ。「チーちゃんと呼べる名前にしよう」と姉弟で頭をひねった名前なのだ。姪に「じーちゃんの言ってたことは違うよ。おまえは昔飼っていた猫の名前からつけたんだよ」と、いくら真実を伝えても、姪は動物の看護師専門学校生になった今も父の言葉の方を信じている。世の中、真実が真実として伝わらないこともあるのですよ、皆様くれぐれもご用心。
姪の名前は千恵という(惚けたわけではありません)。なので、賢い伯母さまは折にふれ、姪に“ふくろう”のぬいぐるみやアクセサリーを贈ってきた。ほら、ふくろうは“ちえ”(知恵)の象徴という洒落ですよ。少しでも伯母様や、ふくろうさんにあやかって賢い女性に成長してほしいという心優しく賢い伯母さまの願いです。
ところが、それを見ていた母は、私が“ふくろう”を好きなのだと勘違いしてしまった。ふるさと小包のような、母からの宅急便が届くと果物や漬物などと一緒に“ふくろう”の置物や母手作りの、ふくろうさんの木目込み人形まで出てくる。
浅草に住んで以来、私は鳥が嫌いになった。浅草寺から飛んでくる鳩のせいで洗濯物は汚されるし、換気口の先に見える不気味な影とその声に嫌気がさし、ヒッチコックの『鳥』を思い浮かべてはゾゾッゾッとしたものだ。だから鳥の姿は見たくない。でもねぇ、いわしの頭も信心から(?)。ふくろう好きと信じ込まれてしまっては今更ねぇ。というわけで、上京したときにむくれられないよう、送ってくれたものは捨てることも、しまい込むこともせずに、目の付く所にうやうやしく飾ってある。不思議なもので、毎日見ているとおめめパッチリで愛嬌のあるふくろうさんは、だんだん可愛く見えてくる。動くことも鳴くことも、ましてや飛んだり糞を落としたりなんてしませんし。福を呼ぶとか不苦労ゆえ、苦労しないで済むとか様々な語呂合わせも楽しいし、この際だから仲良くしてせいぜい福を運んで来ていただこう。私って鷹揚なO型気質?!なのだ。なので、最近では、ふくろうの小物を見つけては微笑んでいる私が居る。ついつい購入することもある。母にもふくろうを象ったペンダント型のルーペを贈って喜ばれた。先日は通勤途中にある、東京駅前のビルOAZO4階にズラリとふくろうさんが並んだ。北海道原産のナンダカ言う木から作った小品から、海外のふくろうさんの彫刻、焼き物(焼き鳥に非ず)、クリスタルの置物から装飾品まであらゆるものが並んでいた。自分のために、クリスタル(風)のキーホルダーを購入した。お腹に黄色い小粒の石が埋め込まれ、お金がたまるお守りも兼ねているとか。ふくろうさん、福銭をどんどん運んで来てね。
鷹揚だからか、物に対して執着心も無く自然にたまったふくろうさん以外は、物を収集する意欲も無い。
おっと、思い起こせばこんな私にも中学生の頃に収集していたものがありましたっけ。それは、チョコレートの空き箱。物心ついた頃から、私はチョコレートが大好きだった。母の実家に行く度に、最寄駅の売店で買ってもらった不二家パラソルチョコ。雨傘を象ったチョコは青や赤の水玉模様の紙に包まれ、クルッと丸まった取っ手も可愛いかった。同じ不二家のLOOKチョコレートはバナナやイチゴのペーストが香ばしかった。なぜかチョコレートだけは、ねだれば母が直ぐに買ってくれた。その昔、味の素で頭が良くなると信じられたように、母はチョコを食べさせておけば栄養満点とでも思っていたのだろうか。
今も昔も私の1番のお気に入りは、ロッテ・ガーナミルクチョコレート。初代コメットさんの九重祐美子が“アルプスの少女ハイジ”のような衣装でテレビCMに出ていたっけ。あのカカオの実が印刷された紅い小箱を中学生の私は、自分の部屋の鴨居にぐるりと並べて悦に入っていた。そのうち、1種類だけではつまらないとお洒落なパッケージを物色しては仲間に入れた。森永のクラウン・チョコレートは白地の煙草のような箱で、肩の部分がパカッと開く。それだけでも画期的だったのに、その名もハイ・クラウン・ゴールドなんて、ズバリ金色に輝く、まるで宝石箱のようなパッケージまで現れた。これは飾るっきゃない。鴨居の真ん中に鎮座ましましておられたっけ。ロッテのラミーチョコはラムレーズン入り。まだ中学生の身にはラム酒で漬け込んだレーズンはチトきつかったけど、そのピンクのパッケージが欲しかった。結局、レーズンをホジッてチョコだけ食べ、箱は鴨居の上。この食べ方が父に見つかり、怒られたが父は下戸。結局母が「あら美味しいじゃない」なんてご機嫌で、私が穿りだしたレーズンを平らげていた。次に見つけた緑色のバッカスはコニャック入り。もうこれは、コッソリとお酒は捨て、チョコは洗ってから食べました。今なら、まんま美味しくたべられたものを。
ところで、この収集癖のお陰で私は見事に虫歯だらけと相成った。ちゃんと歯磨きをすればチョコに責任を押し付けることも無いのだが、ほいほいチョコを買い与えてくれた母は、喜寿を過ぎても歯痛を知らないというツワモノだったのだ。だから、幼い頃に歯磨きは厳しく躾けられた覚えが無い。そして、そのつけはチョコ大好きけいこちゃんに、これでもかというくらいに圧し掛かっているのだった。ラミーチョコのように穿り返された無残な歯では、いっくら磨いても後の祭りよねぇ。それでもやっぱりチョコは美味しいのだ。鷹揚だから、何事にも懲りない女であった。