『話を聞かない男、地図が読めない女』という本がベストセラーになって久しいが、まさしく私は“地図が読めない女”そのものである。

子供の頃から、父や母に連れて行かれる親戚の家が、毎度お引越ししていて驚かされた。たたずまいは寸分違わないのに、位置がいっつも違うのだ。先月は道路の右側にあったのに、今日行ったら左側という具合に。なんのことはない、幼少時より“方向音痴”は培われていたのだ。自分自身に位置の基点がないものだから、同じ家がアッチに行ったりこっちに来たりする。

長じても、位置の感覚はどうしても身につかない。三つ子の魂百までですから。会社員になっても自分の部署が毎朝動く。エレベーターに乗るときに自分自身に言い聞かす。「今日は、Aのエレベーターに乗ったんだから、降りたら右側に進むこと」。感覚では左でも、在る場所は科学的に(?)右なんだから右に進まなくてはいけないのだ。

類は友を呼ぶという理通り、入社して最初に仲良くなった直子も私と同じ方向音痴。二人で会話をしていると、周りが「頭が痛くなるから、向こうでして」という。本人達はいたって真剣に「ねぇ、会社に迷わず来られるようになった?」「うん、今週は迷ってない」という会話をしているだけなのだが。ただ、これが入社直後ではなく何年も経てからの会話という点が、どうも周りからは理解できないらしい。

ある時、直子と私、そこに同じ部署の靖子さんが加わって原宿に繰り出した。直子はキディランドに行きたいと言う。私は賛成! でも、靖子さんはどうもお子チャマ・モードは苦手の様子。「私は一人でブラッとしてるわ。どのくらいして迎えに来ればイイ?」「じゃあ、2時間」。直子は嬉しそうに答えた。でも、さすがにおもちゃ屋で2時間をつぶすのはきつかった。30分もすると私がお疲れモードになり、直子も1時間もたないじゃない。では、靖子さんとの約束の時間までお茶でもしますか。ただし、ちゃんと己を知っている二人は無茶はしません。なるべく近いところで気に入った喫茶店を探して入り、迷っても戻れる時間に出て無事キディランドで靖子さんをお出迎えした。「ずっと、ここに居たの?」の質問に二人して「ううん、向こうの喫茶店でお茶を飲んでたの」と、さした二人の指は別々の方向を向いていた。靖子さんの呆れ顔。でもね、二人を理解してくれている靖子さんは、「はいはい。よく戻って来られました」と褒めて下さったのだった。

直子と私、果たしてどちらの方が方向音痴指数が高いのか…。直子は大学受験の朝、最寄り駅までは、たどり着けたものの、前日に父親と下見をしておきながら、駅から既に右も左も分からない状態。駅前の通りを右往左往していると、受験生と思しき集団が歩いている。これは天の助けと後をついて行くと、ちゃんと大学に着きました。けれども、そこは4年制の男女共学校、直子が受験するのは女子短大。それから保安のおじさんにくどいくらいに実際に受験する学校を教えてもらい、テスト開始時間に危うくセーフ。それにつけても、自分の受ける学校も分からないままによく受かったもんだと感心しきりである。

スーパーに車で行けば「そこは出口だから、向こうに回って入り口から入って」と注意を受け、さてそれからどんだけ回っても入り口にたどりつけない。目の前に何度も現れるトヨタカローラ。さすがに、注意をした駐車場管理の男性も事の次第を飲み込み、ついに沢山の車が出入りする夕方、たった1台のために先導せざるを得なくなったのだった。さて、先導はされたものの上手く縦列駐車のできない直子に、あきれ果てた他の買い物客がハンドルを代わってくれたというオチまでつくのだから驚く。

公安委員会殿、どうかああいう“おんな”に運転免許証を交付しないで下さい。ああいう“おんな”こそが、事故を誘引していながら「あら、交通事故よ。怖い」なんて涼しい顔でのたまうのだ。かく言う私も19歳で運転免許証を手にしている。でも、賢明であるところの私は、別荘地の上野原高原でバックして崖から落ちそうになった事と、湾岸道路の大きな交差点でエンストしたこと、高速の入り口料金所であまりに端に寄り過ぎチケットを受け取ることができず、後続のドライバーに様々な音色のクラクションを鳴らされたことなどを鑑み、免許証は身分証明書として以外の活用はしていないのだ。おかげで免許証は無傷、ゴールドカードさ。

そうそう、直子vs姫宮の方向音痴自慢(?)でした。十指と言ったら桁が違うくらい様々な騒動を巻き起こしている中で懐かしく思い出されるのは、某作家のお宅に原稿を貰いに行った時のこと。場所は高田馬場だった。歌にもなった神田川沿いを、先輩に渡された地図を頼りにトコトコ歩いて行った。探せど探せど目的の邸宅は見当たらない。代わりに、中年男女の痴話喧嘩を目撃する羽目になる。「だから、悪かったよ。帰ろう」「いやよ、いつもそうやって誤魔化す」。細い道だもので聞くつもりなどなくても聞こえてしまう。その上、方向音痴が道に迷ったら何度でも同じ道を通るのだ。何回目かに通ると、その男性が「いい加減にしろよ」と力任せに女性の腕を引っ張っていた。でも女性はテコでも動かない。なぜなら、彼女は傍の電信柱にしがみついていたのだ。スゴッ。

でも、そんなカップルの喧嘩などに構ってはいられないのだ。約束した時間に遅れるぅ。そこに郵便配達の赤いオートバイが通りかかった。地獄に仏、地図を見せて教えを乞う。さすがは地域に根ざした郵便屋さん、直ぐに目的の場所を示してくれた。「あそこの道をこう行って、ああ行って…」。三拝九拝して、又テクテクと歩き出す。でも、テツandトモではないけれど♪なんでだろぉ〜 直ぐに、例の電信柱に中年女性がしがみついている振り出しに戻ってしまう。悩んでいると先ほどの郵便屋さんのバイクが戻って来た。「あれ、なんで又ここにいるの?」「私、方向音痴でせっかく教えてもらっても駄目なんです」。「困ったね」と郵便屋さんは言いながら、それならと、荷台に乗せてくれた。そして無事、作家大先生の豪邸まで送って下さったのだった。

まだ二十代の頭、体重も今より8キロは少なかった。季節は初夏、正直言って、かなり前の話なので高田馬場と言っても丘のような場所が残っていた頃だ。オートバイの荷台で爽やかな風を感じていた一瞬だった。世間広しと言えど、郵便屋さんに配達された乙女(その頃はそうよ)は、多くは居ないだろう。

方向音痴のせいで様々な苦労(?)はあるが、そのお蔭で他人様の優しさに触れられたり、他人様の人生を垣間見たりすることすらある。

それにつけても、あの女性はその後どんなものにしがみついているのやら。