絵美ちゃんから「今度の日曜日にパソコンを貸して下さい。お礼に餃子を作ります」というメールが届いた。

大好きなミュージシャン、角松敏生のコンサートのチケットを、ネットで申し込むのでPCを貸して欲しいという事らしい。機械にヤタラメッタラ強いくせに、絵美ちゃんは携帯電話もPCも持たないという、今時珍しい女性だ。

ちょっと前のチケット申し込みは電話予約だった。私もサザン狂いのアッちゃんに頼まれて、電話をかけまくった事がある。公衆電話だと繋がり易い、地方からの方が取り易いなどと噂が盛んに流れていたっけ。都内で自宅の電話からかけていた私は、結局、繋がらずお役に立つことはできなかった。

ネットの場合は、どんな噂がまことしやかに囁かれていることやら。それにつけても、前回までは一体、どこでネットを繋いでいたのだろう。「チケットは、角松仲間の松田くんが、手配してくれていたのです。今回は仕事の一連で、早朝から潮干狩りなんですよ」。なるほど。誰にでも事情というものはあるものだ。そこで出不精のこの私に白羽の矢が立ったというわけか。出不精の私は、出不精だからして余程のことが無い限り休日は部屋でダラダラしている。ただし友達の訪問は大歓迎、いつでもwelcomeである。

それにしても、休日は午後4時まで起きたことがないという絵美ちゃんが、角松のチケット争奪のために正午の受付開始に向け、11時半には我が家にやってくるという。もちろん午前のだ。“恋する乙女”って凄いのねぇ。

当日、午前11時半ピッタンコにピンポンと呼び鈴が鳴って、絵美ちゃんのご登場。時間に正確なトコも好きさ。それにしてもよく起きられたものだと改めて感心していたのだが、なんとウチに来る前に地元のローソンで別の日のチケットもgetして来たのだという。角松敏生恐るべし。

肉やら野菜やらの餃子の材料と、コーン・スープの材料を袋にいっぱい詰め込んで、絵美ちゃんはやって来た。でも、頭はあくまでも“角松敏生”。あと30分もあるというのに、私のVAIOちゃんの正面に陣取り、ネットの申し込みの頁までたどり着き、マウスにしっかと手をおいての待機。「ああ、ドキドキしちゃう」と言いながら取り出だしたるは、とっても見易いデジタルウォッチ。まるでオリンピックのアスリートがスタートラインに立っているようだ。

いよいよ、5分前。「すみませんラジオかけてもらえますか?」時報の、ピッピッピ・ポーンの最初のピで送信すると、ピッタシ正午に申し込みのメールが相手に届くんだとか。フライングは無効、遅れを取ればチケットは手に入らない。手に汗にぎる絵美ちゃんの息が荒くなってくる。こんな真剣な絵美ちゃん、見たことないぞ。

さて“ピ”が鳴りました。絵美ちゃん号、ダッシュ!! ところが、画面が動かない。「ヒェ〜」絵美ちゃんの悲鳴がこだまする。私としては、ウチのVAIOちゃんの粗相かと冷や汗ものだ。ウチのVAIOちゃん、最低料金に価格指定しているので動きは早くは無いけれど、遠い異国のバングラディッシュやアメリカ西海岸のメル友とも、コンスタントに交信しているのであって、VAIOちゃんのせいではないからね。

絵美ちゃんも「分かってます。今、申し込みが集中してるだけですから」って言ってくれたのでホッ。それからは「ああ、固まっちゃったぁ」とか「ホワイト・アウトだぁ」とか「砂時計さえ出ない」と、嘆きの言葉が絵美ちゃんの口をついて出てくる出てくる。とうとう「姫宮さん、私に“落ち着け”って言い続けて下さい」と、普段の冷静沈着な絵美ちゃんからは信じられないようなご依頼まで受けてしまった。素直な私は、それからずっと「絵美ちゃん落ち着け」「落ち着け絵美ちゃん」と、喉を枯らしながら声援に努めた。

松田くん、のん気に潮干狩りなんぞしてる場合じゃないぞ。

その間、あまりに真剣な目でVAIOちゃんの画面を覗きこむ絵美ちゃんの姿に感動すら覚えた私は、買いたてのデジカメOLYMPUS・FE240で撮りまくり、なかなかの傑作ができたのだが、肖像権の関係でお見せできないのが残念。

とうとう絵美ちゃんは「今回は無理みたいですねぇ。角松がいけないんだ、100席なんていう所でコンサートをしようなんて思うから。ファンを分かってない」と、半ベソ状態。私も何も知らない角松ではあるが「そうだ、そうだ。素人だって100席くらい集められるぞ」って慰めているのだか煽っているのだか。

それからは絵美ちゃん、ショックを隠してしばし餃子作り。具を包むのは不肖“手がっけ”の私もお手伝い。「なんだ、やれば出来るんじゃないですかぁ」なんて、おだてられながら、これまた素直な私はお手伝いに努めたのだった。

チケット争奪戦から、しばし離れて絵美ちゃんの手作り餃子とコーンスープに舌鼓。まぁ美味しい。焼き方も片面にしたり両面焼いたり、まぁまめまめしく動いてくれること。動いて気を紛らしてるのかな?

山とできた餃子を食べて、コーンスープもお代わりをして、ビールとサワーもしこたま呑んで「帰る前にもう1度だけ」って、絵美ちゃんが画面をのぞいてドライアイになるくらいに目を見開いた。

なんと、全然行かないと送りつづけた申し込みメールが、全て相手方に届いており、4席分をまとめていた故、15回×4の60席分を申し込んでいたことになる。キャパ100席プラス立ち見なのに…。確認の電話が入り、了解して初めてチケットが発行されるということなので、6割占めの事態は免れるとのことで一安心。どうやらVAIOちゃんも絵美ちゃんのお役に立てたようでよかった、よかった。

ところが翌日、絵美ちゃんから追いかけるようにメールが届いた。「ごめん60席じゃなかった! 240席(4席×15回×4通)でした! これは誰が見ても、あせってクリックを繰り返した結果だよね。店側も、ちゃんとわかってると思います」。

こういうファンを相手の“店側”に、すっかりご同情申し上げる次第であります。