ゆ「湯布院のなんでも不動産」
湯布院に行ってきた。何年も前から人気温泉地として話題になり、最近ではNHKの朝の連続ドラマの舞台になって、再び盛り上がっている、あの湯布院である。温泉の名としては湯布院だが、鉄道の駅名は由布院。どうでもいいが。
高校時代のボート部仲間が、定年を控えて大分の工場勤務になったので、彼を幹事役のツアーを組んで集まったのだった。大分空港からバスで湯布院に乗り込み、そのまま旅館に歩いていった。途中、川を渡り、シャッターの降りた店舗に不動産の広告が張り出してあったので、この辺ではどのくらいの家賃なのかと、何気なく目をやってびっくりした。
「売 温泉源 沈み橋近く」。さすが温泉地。旅館が売りに出るかと思ったら、温泉源を売っているとは。「おい、おい」と仲間に声をかけ、「温泉源っていくらくらいするのかね」などと言いながら、並んだ広告を見ると「有限会社売ります(未創業)100万円」とある。
店頭の張り紙で「会社売ります」もちょっと驚くけれど、未創業という言葉が哀しい。有限会社はまだ確か登録に300万円ほど必要なはず。なんとかかき集めて会社を登記したものの、事業資金を持ち逃げされたか、あるいは家族に総スカンを食って断念したか。人気沸騰で町中には小じゃれた新しい店がいくつも並んでいるから、そんな店を開業するつもりだったのかもしれない。
一部屋ずつ別棟の旅館に到着し、まずは一風呂。日の高いうちから持ち込みのウイスキーやビール、焼酎でご機嫌になったおじさんたちは、温泉源と会社を買って湯布院で旅館を経営する夢を語るのだった。何しろみんなサラリーマンのなれの果て。勝手なことを言って、飲んで、また風呂に入って……。
一晩騒いで、翌日は湯布院の町を見物したが、昨日通りかかった不動産広告の前を通っても、もう誰も関心は示さなかった。
東京生まれ。消えゆく言葉、新しい言葉、変な言葉、面白い言葉を集めるのを趣味にしている。










