「争」

争

はるか東洋の彼方に「争」という国があったそうな。四方を海に囲まれた島国で、西暦紀元前660年に建国されたとし、20世紀に入ってからは狭い国土の拡張をねらって対外進出をはかり、戦争に次ぐ戦争に明け暮れ、この国の紀元2600年を迎えたころからは、とうとう世界を敵に回すことになった。

意気込みはよかったが、いかんせん狭い国内の資源には限りがあり、世界を相手にしたため海外からの資源輸入ができなくなり、とうとう無条件降伏のやむなきに至った。元々国民性が好戦的というわけでもなく、長いものには巻かれろ、みんなで渡れば怖くないの、付和雷同、横並び主義の民族だっただけに、敗戦翌日からは一転して平和主義、民主主義万歳で、以来今日まで「争」の字を忘れたように、戦争とは縁のない平和呆けとまでいわれる国になっている。

どこかで聞いたような国でしょう。「争」という字をよく見ていただきたい。何か動物に似ていませんか。空想の動物の子供という名前が付いた、ほら、海で立ち泳ぎをする体長十センチほどのグロテスクな奴。そう、タツノオトシゴ。こいつとよく似た形をした国が中国大陸の東にあるでしょう。日本? そうとも言いますね。

ところで「争」という字、旧字では「爭」と書く。冠のチョンチョンチョンと真ん中のヨに似た部分は共に手を表し、縦棒は杖を示している。杖の形をしたものを手で引っ張りあって争う形、杖の奪い合いから争う、闘うなどの意味を持つ。

その争の字に、国の形が似ているからということもなかろうが、明治から昭和半ばまで戦争に明け暮れた日本。その後、ほぼ60年間を曲がりなりにも平和に過ごしているのだが、人間の還暦に近づき、再び戦争の時代に戻ろうというのだろうか、赤いちゃんちゃんこならぬ制服を着た自衛隊をイラクに派遣、憲法を改正(?)して集団的自衛権を盛り込もうとするなど、このところきな臭い動きが目立つ。

国を守るだの、世界平和だの、立派なことを言い出して、今までろくな目にあったことはない。争の字など無視して、平和呆けと言われようが、腰抜けと蔑まれようが、タツノオトシゴのようにふらふら漂っている方が、まだましというものだ。


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山田秋治(やまだ・あきはる): コラムニスト

東京生まれ。元新聞記者。漢字と社会風俗を結びつけた「温語知新」を隔月刊誌「グラッパ」(旧日経事業出版=現日経人材情報・発行)に連載するも、同誌が4号で休刊になり中断。ここでは4回の連載を上下に分けて8回掲載、その後は新たに書き下ろして連載する予定。

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