1995年の巻
十年一昔というが、ちょうど一昔前の一九九五年、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件などで日本の安全神話は崩壊したといわれた。おまけに金融機関の相次ぐ経営破綻が金融不安を増大させ、日本人の多くが先の見えない不安を抱えながら世紀末の急カーブを何とか曲がって生きてきた。あれから十年、新しい世紀を歩み出した今、あの不安な思いは果たして払拭されたのだろうか。
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一九九五(平成七)年の正月が明けてまもない一月十七日朝、スイッチを入れたテレビの画面に映し出されたのは、あちこちで煙を上げる神戸市街であり、倒壊した高速道路やつぶれたビルだった。一瞬いつの映像かととまどった。ちょうど半世紀前の空襲直後の東京のように見えたからだ。
淡路島を震源とするマグニチュード七・二の阪神淡路大震災。死者は六千人を遙かに超え、五十万棟を超す住宅が全半壊、一部損壊した。道路や線路、ガス、水道などライフラインもずたずたになり、都市の基盤は壊滅状態に陥った。
予想外の大災害に復旧もままならない二カ月後の三月二十日、こんどは東京の地下鉄で次々と通勤客が倒れ、死者十一人、五千人以上が病院で治療を受ける事件が起きた。オウム真理教による無差別テロ、地下鉄サリン事件だった。警視庁は山梨県・上九一色村の教団施設などを一斉捜索、五月に入って教団代表の麻原彰晃(松本智津夫)を逮捕したが、その間にも警察庁長官が狙撃されて重傷を負い、教団幹部が刺殺されるなどの事件が相次いだ。
この年の流行語大賞には、青島幸男東京都知事、横山ノック大阪府知事の誕生にちなんだ「無党派」、大リーグ入りして新人王に輝いた野茂英雄の「NOMO」と並んで、阪神淡路大震災の被災者を励ます「がんばろうKOBE」が選ばれている。トップテンにも大震災がらみの「ライフライン」「安全神話」などが入ったが、「サティアン」「ポア」「ああいえば上祐」などオウム関連の流行語はすべて外されている。
オウム事件はなんとか解決し、震災復旧も徐々に進んだが、人々の受けた精神的ショックは長く尾を引いた。大規模な災害や異常な事件による「何が起こるかわからない」という不安。しかも不安を鎮めるべき政府の対応の鈍さや、カルト教団に対する捜査の甘さ、加えて年末に起きた福井の高速増殖炉「もんじゅ」ナトリウム洩れ事故の際の、動燃の相次ぐ虚偽報告。そうした責任感の乏しさや、危機に対するセキュリティ・システムの欠落が不安を増大し、安全神話の崩壊が叫ばれたのだった。
事件・事故ばかりではなかった。年初から円高が急ピッチで進み、一ドル=七九円七五銭の最高値となり、日銀が公定歩合を〇・五%としたこと、コスモ信組(七月)、兵庫銀行、木津信組(八月)などの経営破綻が相次ぎ、金融機関に対する信頼が大きく揺らぎ始めたことも、人々の心理を落ち着かなくさせた。
世紀末の不安は、日本列島だけでなく世界をも揺るがしている。五月末、サハリン北部でマグニチュード七・六の直下型地震が起き、石油採掘の町ネフチェゴルスクでは約三千人といわれる人口の八割を超える二千六百人が死亡した。町は完全な壊滅状態で復旧を断念、土砂で埋められたという。さらに中国・ミャンマー国境付近でM七・二、チリ北部でM七・三、メキシコでM七・二など、この年は世界各地でマグニチュード七以上の地震が相次いでいる。
地下鉄サリン事件の一か月後、米オクラホマでは連邦政府ビルで爆弾テロがあり、百六十八人が死亡、民間武装組織のメンバーが逮捕された。七月下旬にはパリの地下鉄構内で、やはり爆弾テロにより四人が死亡、イスラム原理主義組織が犯行声明を出した。さらに十一月にはイスラエルのラビン首相が極右のユダヤ青年に暗殺されている。
ソウルではデパートが突然崩壊して千人を超す死者・行方不明者を出す事故も起こった。アフリカ東部ルワンダの難民キャンプでは政府軍兵士がフツ族難民に発砲、約五千人が死亡、隣国ザイールではエボラ出血熱が流行し、二百四十四人が死んでいる。滅多には起こらない規模や種類の天災、人災が各地で相次ぎ、まるで人間の愚かな振る舞いに地球が悲鳴を上げ身震いしたような年だった。
不安だらけの世の中だからこそ救いも生まれる。阪神淡路大震災をきっかけとしたボランティア活動。震災直後から青年を主体としたボランティアが続々と神戸入りし、被災者の救援に寝食を忘れて走り回った。「ボランティア元年」の言葉も生まれ、以後、昨年の新潟中越地震でも話題になったが、何かあるたびにボランティアが駆けつけ、可能な限りの支援をすることが当たり前になった。人間の力で不安を押し返そうという、ささやかだが勇気を与える行動である。
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この年の流行語にはもうひとつ、パソコン用OSウインドウズ95発売に伴う「インターネット」がある。簡易型携帯電話システムPHSのサービスが北海道、東京を皮切りに全国展開されたのもこの年。その後のパソコンの普及ぶり、車中でも路上でも黙々と携帯電話でメールの交換をしている昨今の光景を目にすれば、わずか十年のIT(情報技術)の進展には目を見張るものがあり、まさに十年一昔である。
それに比べ、人間の知恵は相変わらず十年一日というべきか。PLOとイスラエルがパレスチナの自治拡大協定に調印したのは一九九五年九月。二カ月後、イスラエルのラビン首相が暗殺され、以後、再び交渉と戦闘を繰り返した挙げ句、この二月、アラファト議長の後を継いだアッバスPLO議長とシャロン首相との間で、停戦合意が宣言された。十年でようやく振り出しに戻ったが、中東に平和が訪れるのはいつの日か。
国内でも景気は辛うじて持ち直しているようだが、理解しにくい殺人事件は相次ぎ、安全も水と空気同様、ただではなくなった。中越地震やインド洋の大津波が、歴史に学ばない人間への、地球からの改めての警告のように思えるのだが……。
東京生まれ。「梁塵社」編集長、「言葉の工房」主宰。元日経文化部長、論説委員。「よこっとび20世紀」は現在、月刊誌「ビジネス・インテリジェンス」で連載中。連載から2ヶ月遅れで、このHPに転載していく。








